2011年6月7日火曜日

第6回まるはち人類学研究会 「沖縄の祭祀研究はどこへいったのか? ――古典研究とポストコロニアル理論を架橋する試論としての『移動』と『祭祀』――」

下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。

日時:7月2日(土):13時30分-17時20分頃 終了後懇親会あり
場所:南山大学名古屋キャンパス人類学研究所 1階会議室
http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html

沖縄の祭祀研究はどこへいったのか?
――古典研究とポストコロニアル理論を架橋する試論としての『移動』と『祭祀』――


13:30-13:40 趣旨説明

13:40-14:20 越智郁乃(広島大学・特別研究員)
記憶のメディアとしての墓と人-現代沖縄における墓の移動を事例に-

14:20-15:00 平井芽阿里(京都大学大学院・グローバルCOE研究員)
本土の沖縄系コミュニティに見る「沖縄」表象 愛知県在住の沖縄県出身者の事例

15:00-15:40 吉田佳世(首都大学東京大学院・博士後期課程)
女性の移動としての離婚/再婚――現代沖縄社会における女性の死後の処遇をめぐる新たな実践の出現――

コメント
15:50-16:05 田中真砂子(お茶の水女子大学・名誉教授)
16:05-16:20 村松彰子(相模女子大学・専任講師)

討論
16:20-17:20


  • 企画要旨
沖縄の祭祀研究はどこへいったのか?
――古典研究とポストコロニアル理論を架橋する試論としての『移動』と『祭祀』――
文責:吉田佳世
◆     本企画の目的
 本企画の目的は、かつてあれほどまでに興隆した沖縄の祭祀研究(村落祭祀・祖先祭祀)を、いかにポストコロニアル批判以降の現代の文化人類学(以下、人類学と表記)・民俗学の地平に位置づけるのかを模索・検討することにある。
これまで沖縄は、祭祀のみならず親族、世界観など人類学的・民俗学的研究の要であった[e.g.馬淵1955(1974)、村武1975]。現在でも、日本の「周辺」にあるというその位置性故に、ポストコロニアル批判や研究の焦点的な事例とされる地域である[e.g.村井1992、冨山1990、菊池2010ほか]。ところが、ポストコロニアリズムの興隆の背後で、沖縄の祭祀は古典的研究主題として位置づけられ、研究主題としては周辺化されているという現状がある。しかし、沖縄の祭祀は、「本土化」と呼ばれる以上の急激な社会変化のなか、いまなお人々の関心を集め、創造的な実践が行われている舞台である。このことを考えると、沖縄の祭祀研究は、決して過去の研究主題ではなく、様々な点で現在の人類学・民俗学の動向と切り結ぶ点を有していると考えられる。
本企画では、グローバル化の一局面であるヒトの移動をとりあげ、そのなかで伝統的文化事象としての位置づけをもつ沖縄の祭祀が、現代沖縄社会という文脈のなかでいかに維持され、再構築されているか個別具体的に明らかにする。発表と討論を通じて、これまでほとんど光が当てられてこなかった祭祀の様相を描き出すとともに、今後いかなる人類学・民俗学の議論に位置づけることができるのかを模索していきたい。

◆     沖縄研究の流れ――明治期から現代まで
 原による沖縄研究の時代区分に依拠しながら[cf. HARA 2007]、本稿では大きく三つの時代に区分する。第一期は、明治期から1950年代に中心的に行われた、日琉同祖論を背景とした文化周圏論にもとづく日本民俗学的研究である。日琉同祖論とは、日本本土(ヤマト)と沖縄(琉球)の民族一体性を強調する仮説のことであり、日本民俗学は、双方の文化的同一性を学術的に立証することを通じてこれに寄与していたといえる。第二期は、1950年代から1980年代前半までの、主に日本本土出身の研究者によって行われた人類学的研究である。この時期は、第一期とは対照的に、沖縄を日本本土や中国の文化の折衷としてではなく、独自の文化として捉えることを目的としており、フィールドワークを通じてひとつの村落を集中的に調査するという研究手法が主流となった[新井1970]。そして、最後に、1980年代後半から現在まで、ポストコロニアリズムが興隆した第三期である。第三期は、先行研究批判と新たな研究主題の掘り起こしが同時に進められたため、ひとつの研究傾向を抽出することは難しいが、対抗的な沖縄人アイデンティティの構築や、観光や芸術、基地文化などの複数文化接触領域(コンタクト・ゾーン)に多く研究関心が向けられているといえる。
本企画のテーマである祭祀が、人類学および民俗学において積極的に議論されたのは、第二期のことである。この頃、西欧由来の構造=機能主義人類学の影響をうけ、祭祀にまつわる諸観念(祖先観、霊魂観、他界観)と祭祀集団原理やその実践との対応関係が注目された[e.g. 大胡1973ほか]。とりわけ、祖先祭祀とそれを担う祭祀集団である門中やその組織化と深いかかわりをもつ社会関係は、沖縄の出自集団として注目され、議論が集中する主題であった[中根1962、東京都立大学南西諸島研究委員会1965、田中1982、渡邊1985ほか]。このような研究手法がとられたのは、当時、祭祀の研究は、事例として扱った祭祀や祭祀集団の個別的理解のみならず、より広く当該地域レベルでの親族・社会システムの解明に寄与できると想定されていたからである。また、この頃は、日本本土出身の人類学者がこぞって沖縄調査を行った時期でもある。そのため、数百にもおよぶ沖縄の祭祀を主題とするモノグラフが刊行されたのである。

◆     ポストコロニアル批判とその問題点
沖縄の祭祀研究の退潮は、単にポストコロニアリズムによる先行研究批判のみに起因するものではない。人類学における親族研究の退潮という学術的な要因はもちろんのこと、日本全体が高度経済成長をむかえ、その経済力をもとに日本本土出身の人類学者が海外へと研究地を拡大していったこと、沖縄社会自体もその在り方を変えたことなど、学術的動向と社会的動向とが絡み合いながら生じたものであるといえる[吉田 2008]。そのなかで、ポストコロニアリズムによる先行研究批判は、人類学・民俗学がこれまで行ってきた祭祀研究の問題点をより具体的に明らかにしたとして評価することができる。
ポストコロニアリズムがこれまでの沖縄の祭祀研究に対して投げかけた批判は、民族誌論、沖縄人のアイデンティティ、基地といった現代的諸問題、研究者の位置性・政治性など多岐にわたっている。なかでも影響力のあったポストコロニアル批判としては、人類学・民俗学的研究の「本土化による荒廃のない」伝統的文化事象や村落共同体への選好を批判した太田の指摘であろう。太田によれば、人類学的な沖縄研究が、集落単位でのモノグラフィックな調査が主流を占めており、より原初的で、自己完結的な集落を選定してきたのではないかと述べている。彼は、こうした人類学の研究手法を、文化を消えゆくものとして語ろうとする意志であるとし、クリフォードに習い「エントロピックな語り」であると批判した。そのうえで、対象社会の人々の実践を文化の創造過程として捉える事を提唱し、従来の研究において見過されがちであった観光、開発、芸術など異種混淆性に着目した新しい研究主題を掘り起こす流れを作りだしたといえる[太田1998]。 
確かに、第二期のフィールドワークによってひとつの集落を集中的に調査するという研究手法の結果、外部からの影響、たとえば、より巨視的な歴史的・政治的な脈絡との関わりを十分考慮していなかったという問題点は、本企画のテーマである移動という問題にも関わってくる指摘である。しかし、それが「エントロピックな語り口」であったかどうかということについては疑問が残る。とりわけ、第二期のモノグラフを詳細に検討すれば、沖縄の祭祀を沖縄戦後の人々の示す創造的対応として記述してきた研究も少なくないからである[e.g. 村武 1971]。先行研究をエントロピックな語りとして先行研究を一枚岩化し、沖縄の祭祀を古典的研究として周辺化するという昨今の沖縄研究の現状は、逆に、これらの事象を非歴史的、無時間的なものとして固定化する危険をはらんでいるのではないだろうか。

◆     移動を考える
本企画では、日本本土において形成される移住者たちの沖縄系コミュニティ(平井)、沖縄戦後の都市形成と交通網の発展による向都離村(越智)、離婚や再婚による女性の家間移動(吉田)など、さまざまな現代的局面をヒトの移動として捉えていく。そのうえで、「社会変容によって伝統文化がかように変化した」というような、近代と伝統とを排他的な二分法によって実態的に捉えることから逃れられるような研究発表を目指していく予定である。

◆     参考文献
新井ウィリアム 1970「中国および日本のメモリアリズムと祖先崇拝」『社』3(1):1-9。
大胡欽一1973「祖霊観と親族慣行――琉球祖先崇拝の理解を目指して」日本民族学会(編)『沖縄の民俗学的研究――民俗社会と世界像』pp.169-206.東京:民族学振興会。
太田好信1998『トランスポジションの思想――文化人類学の再想像』世界思想社。
菊池夏野 2010『ポストコロニアリズムとジェンダー』青弓社。
高良倉吉1996「琉球史研究からみた沖縄・琉球民俗研究の課題」『民族学研究』61(3):463-467。
田中真砂子 1982「出自と親族」渡邊欣雄(編)『現代のエスプリ3親族の社会人類学』pp.83-108.至文堂。
東京都立大学南西諸島研究委員会(編)『沖縄の社会と宗教』東京:平凡社。
冨山一郎 1990『近代社会と「沖縄人」――「日本人」になるということ』日本経済評論社。
中根千枝1962「沖縄の社会組織 序論」『民族学研究』27(1):1-6。
馬淵東一 1955(1974)「沖縄先島のオナリ神」『馬淵東一著作集3』pp.123-45. 世界思想社。
村井 紀 1992(2004)『南島イデオロギーの発生――柳田國男と植民地主義 新版』岩波書店。
村武精一 1971「沖縄本島・名城のdescent・家・ヤシキと村落空間」『民族学研究』、36(2):109-150。
―――― 1975『祭祀空間の構造――社会人類学ノート』東京大学出版会。
渡邊欣雄 1985『沖縄の社会組織と世界観』新泉社。
吉田佳世 2008「沖縄の祖先祭祀と社会組織に関する研究動向――1960年代以降の位牌祭祀研究を中心に」、『社会人類学年報』34:177-201。
HARA, T. 2007“Okinawan Studies in Japan, 1879-2007.”Japanese Review of Cultural Anthropology 8:101-136.

  • 発表要旨
記憶のメディアとしての墓と人-現代沖縄における墓の移動を事例に-
広島大学・特別研究員 越智郁乃

 本発表では現代沖縄の墓の移動を事例に、墓における外在化された記憶に注目しながら、墓と人との関係について論じることを目的とする。
沖縄社会は本土日本と比べて特異的に祖先信仰が発達した地域であり、葬墓制及び祖先祭祀を通じた祖先観や、祭祀を支える親族集団の特色が学術的に注目されてきた。そこでのテーマは、死者がいかに儀礼を経て祖先へと変化して子孫を守る存在になるかという柳田國男以来の民俗学における祖先祭祀の議論であった。他方、社会人類学的には、親族組織における近代以降の父系血縁イデオロギーの強化が注目され、その動態が中心的なテーマであった。しかし個々の地域における祭祀儀礼や親族組織の多様性から、「沖縄」としての一般化を拒む研究者らによる異議が呈された。以上の研究に対し二点の問題が挙げられる。(1)人口流動や社会的経済的な変化による影響を考える視点が希薄であり、どこで生きてどこで死ぬかということが問われる現代の死生観の問題に添っていない。(2)祖先祭祀を通じた祖先観や祖先と子孫の繋がりである系譜観に関して、構造的な研究だけではなく、生者側の記憶や情緒により不断に作り替えられる側面に注目した研究の必要がある。
上記の問題点を踏まえ発表者が注目したのが、墓の移動をめぐる人々の語りと実践である。沖縄本島への政治経済的な中心化による都市化と人口移動の活発化を背景に、集合墓地と造りの簡易な新型墓が増加し、移住者が故郷にある墓を都市部に移動するという事象が現在認められる。新型墓は新規造墓の大多数を占めるが、研究者や現地の人々により、亀甲墓に代表されるような斜面に掘り込み墓室を設けた「伝統的な墓」の枠内からは排除されてきた。そこで都市部に移住した離島出身者の祖先祭祀に関する資料を収集し、墓の移動に表象される死者への祈りの場の変化が人々に与える影響を明らかにしながら、既存の祖先観、系譜観研究の批判的検討をこれまで行ってきた。
本発表では、墓の移動過程における骨や石などの「モノの処遇」に関する資料を中心に取り上げる。元の墓からの新しい墓に移動する際に持ち込まれるもの、捨てられるもの、創られるものなど、墓におけるモノを媒介して人々の記憶が外在化される過程の分析から、移住者の故郷観と死者との繋がりが新たな墓にいかに昇華されるか、そして生者の生活にいかなる影響を与えるかということについて考察したい。

本土の沖縄系コミュニティに見る「沖縄」表象 愛知県在住の沖縄県出身者の事例
京都大学大学院・グローバルCOE研究員 平井芽阿里

 本研究の目的は愛知県の沖縄系コミュニティの「沖縄」表象について個々人の民俗宗教の日常的実践から多元的に考察することである。
 本発表では、本土在住の沖縄県出身者が結成した各種団体を「沖縄系コミュニティ」とする。本土における沖縄系コミュニティには、郷友会、青年会、婦人会、芸能団体などがあり、各県ごとの沖縄県人会が全ての団体を総括している。愛知県では愛知沖縄県人会連合会がこれにあたり、1960年代以降、日本本土への復帰運動を背景に結成されるなど政治的組織として機能してきたという特徴がある。現在では本土に居住する沖縄県出身者および各種団体の名称、氏名(代表者)、住所登録や管理などを行い、個人データの一部は沖縄県庁とも共有している。他にも、このような沖縄系コミュニティから派生した、出身地ごとに組織される模合(相互扶助的な金融組織)や同窓会といった団体もある。
 既存研究の多くは、このような沖縄系コミュニティを分析対象とし、本土における「沖縄」や「沖縄人」像を描いてきた傾向にある。一方で、沖縄県出身者が結成するコミュニティは、必ずしも県人会や郷友会といった組織に限られるわけではない。例えば、年数回、出身地で行われる村の儀礼に参加するために加入する祭祀組織や適齢を迎えた者が行う特殊儀礼へ参加するために一時的に組織された同窓団体などもある。さらに、身内の不幸や原因不明の病気、事故や怪我などの災因が解決されない場合に、故郷から霊的職能者を招請し、問題解決を図るための「集まり」などもある。沖縄県人会に所属する個々人が日常的に実践する民俗宗教に着目すると、沖縄県人会に登録されている「沖縄人」は、各種団体に所属するだけでなく、故郷の祭祀組織にも加入し、突発的な集まりにも参加をする。つまり、本土在住の沖縄県出身者は複数の、異なる次元で存在する様々な沖縄系コミュニティに重層的に参加し、コミュニティごとに異なる「沖縄」を表象している。同時に、本土の沖縄系コミュニティには、沖縄本島、宮古・八重山諸島各地の出身者だけでなく、沖縄県出身者の2世や3世、「沖縄ファン」の本土出身者も含まれている。即ち、一つのコミュニティに表象される「沖縄」もまた一様ではなく、同一の「沖縄人」が所属しているわけでも、同一の「沖縄」が表象されているわけでもないといえる。
 以上を踏まえ、本発表では個々人の民俗宗教の日常的実践を通して愛知県の沖縄系コミュニティの「沖縄」表象について考察するものである。

参考文献
愛知の沖縄調査会編2009『愛知の中の沖縄 先人達の足跡を求めてVOL.1』愛知沖縄県人会連合会
大阪人権博物館編『ヤマトゥのなかの沖縄』大阪人権博物館
沖縄県教育委員会編1974『沖縄県史 第7巻 各論編6』沖縄県教育委員会
ジェラード・デランティ著、山之内靖他訳2006『コミュニティ グローバル化と社会理論の変容』
  NTT出版
田辺繁治、松田素二編2002『日常的実践のエスノグラフィ 語り・コミュニティ・アイデンティテ
  ィ』世界思想社
田辺繁治2008『ケアのコミュニティ−北タイのエイズ自助グループが切り開くもの』岩波書店
桃原一彦1997「沖縄を根茎として」奥田道大編『都市エスニシティの社会学−民族/文化/共生の意
  味を問う』ミネルヴァ書房
冨山一郎1990『近代日本社会と「沖縄人」』日本経済評論社
牧野眞一2002「沖縄の同郷者集団−県人会活動を中心に−」松崎憲三編『同郷者集団の民俗学的研究』
  岩田書院
山口覚2008『出郷者たちの都市空間−パーソナル・ネットワークと同郷者集団−』ミネルヴァ書房



女性の移動としての離婚/再婚
――現代沖縄社会における女性の死後の処遇をめぐる新たな実践の出現――

 首都大学東京大学院・博士後期課程 吉田佳世

 本発表は、沖縄戦以降の沖縄社会における離婚あるいは再婚の増加を、女性の移動の一局面としてとらえ、その結果生じている女性の死後の処遇をめぐる実践を考察することにある。結論を先取りしていえば、本発表では、現代沖縄社会における女性死者に対する新たな弔い方の出現を、「伝統的」な祖先祭祀の「近代化」による変容として記述するのではなく、沖縄戦後の政治的・歴史的過程のなかで、伝統的な祖先祭祀制度の確立と、近代化による祖先祭祀からの逸脱が、同時並行した状況として捉える事を目指したい。
 沖縄における女性の死後の処遇が、日本本土に比して特徴的であることは、先行研究においても着目されてきたことである。たとえば、位牌・墓の祭祀における女位牌(イナググヮンス)の禁や冥界婚(グソーヌニービチ)は、その最も顕著な例であろう。簡単に説明しておけば、女位牌の禁とは、家や位牌を女性が婿養子を迎えるなどして後を継ぐこと、あるいは、女性が家を創設し初代先祖になることを強く忌避する慣行のことである[竹田 1976、萩尾1986]。他方、冥界婚とは、特に離婚を経験した女性や、子ども(特に男児)を産むことができず生家に戻された女性などの位牌や遺骨を、夫婦あるいはそれに準ずる関係にあった男性のもとへ移動させる儀礼のことである[桜井1973]。すなわち、沖縄の祖先祭祀制度において、女性は、結婚して生家を出たうえで、婚家において家や位牌の継承者となる男児を確保することが強く要請されているのである。先行研究においては、沖縄の女性をめぐる特徴的な慣行を、男系血縁を重視する制度との関連で理解されることが一般的であった。しかし、女性の死後の処遇に関しては、依然として疑問も多く残されたままである。それは、本発表のテーマである、離婚や再婚の過程で複数の婚家と目される家とかかわりをもった女性はいかに弔われるのかという疑問ももちろんそのひとつである。
 本発表では、具体的な事例を通じて、離婚や再婚を経験した女性の死後の処遇をめぐる実践を明らかにするとともに、このような実践が生起した背景を、近代化にともなう女性のライフコースの多様化という問題だけでなく、男系血縁原理の伝統化という観点からも考察を加えたい。つまり、男系血縁原理が沖縄戦後の歴史的・経済的状況によって強化された帰結として、女性の死後の処遇をめぐる多様な実践が生起したという考え方である。それを通じて先行研究上の問題点である、非歴史的・固定的表象を修正するとともに、近代化が、当該地域やそこに暮らす人びとに非均質的な影響を与えているという実態を明らかにしていきたい。

◆     参考文献
桜井徳太郎1973『沖縄のシャーマニズム――民間巫女の生態と機能――』。
竹田 旦 1976「祖先祭祀――とくに位牌祭祀について」九学会連合沖縄調査委員会(編)『沖縄――自然・文化・社会』pp.165-180.弘文堂。
萩尾俊章 1986「位牌祭祀と禁忌――沖縄本島中部における事例研究」『沖縄民俗研究』6::21-33。

2011年4月4日月曜日

第6回研究会のお知らせ

4月16日(土)に予定しておりました第6回研究会
「ポスト・ユートピアの映像化」
は延期することになりました。

詳細が決まり次第、またお知らせいたします。

ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願い申し上げます。

2011年2月1日火曜日

特別例会 アライアンス・プロジェクト・ワークショップ


下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。


日時:2月19日(土)13:30-18:00 終了後懇親会あり。
場所 :名古屋大学文学部大会議室(文学部棟入り口入り、階段前左手に曲がり突き当たり)

今回はアライアンス・プロジェクトの代表、杉藤重信先生(椙山女学園大学)をお招きして、アライアンス・プロジェクトが目指すところについて講演していただき、また、実際にAlliance3.1の使い方を学びたいと思います。

会場の準備の関係上、参加者の方には事前に登録していただけますようお願い申し上げます。

なお、
1)アライアンス・プロジェクトサイトにて登録し、Alliance3.1をダウンロード。
2)ダウンロードしたAlliance3.1をインストールしたPCをご持参ください。

*なお、ダウンロード、インストールができない方は当日PCをお持ちください。
インストール用USBメモリの用意がございます。

研究会事務局では原則としてPCをご用意することができません。
事前登録、ご不明な点等は研究会事務局maruhachi.anthropology@gmail.comにお願いいたします。

 
1部
13:30-14:30 講演 杉藤重信(椙山女学園大学・人間関係学部・教授)
 親族図空間の共有:アライアンスからみえてくるもの  
14:30-14:50 質疑応答
14:50-15:00 休憩

2部
15:00-18:00 ワークショップ

第5回まるはち人類学研究会 調査の「責任倫理」-当事者(性)をめぐる議論から

下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。

日時:2月26日(土) 14:00-17:45 終了後懇親会あり
場所:名古屋大学東山キャンパス文系総合館7F

14:00-14:20 趣旨説明
14:20-14:50 石川俊介(名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期)
 フィールドワークの自己評価-「当事者」として調べづらいことに向き合う
14:55-15:25 菅野淑(名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期)
 調査者が「当事者になる」ということ-実践者としての活動経験から 
15:25-15:45 休憩
15:45-16:15 「サブニュマナゴヤ」ライブ
16:15-16:45 コメント 小林奈央子(慶応義塾大学文学部非常勤講師・南山宗教文化研究所非常勤研究員)
16:45-17:45 討議

人文科学・社会科学・自然科学などを問わず、あらゆる研究活動は、意図せずとも様々な人々に影響を与えるものである。それはいわゆる人間を対象とした調査・研究においてだけでなく、直接人間を対象としない調査・研究にも当てはまる。
本企画では「当事者(性)」議論を手がかりに、研究者の「責任倫理(被調査者への影響をめぐる姿勢)」について議論したい。検討対象は、いわゆる人類学的フィールドワークであるが、調査・研究活動全般に関わるテーマである。
「当事者(性)」は、近年、臨床心理学(特に質的心理学)や社会学において、重要なキ―ワードとなっている(宮内洋・今尾真弓編2007、宮内洋・好井裕明編 2010など)。これら議論の目的は、本質的に「当事者とは誰か」を考えるような不毛なものではない。「当事者(性)」議論の有意義である点は、ひとつに、固定的と見なされてきた、調査者/被調査者=「当事者」という関係性を、柔軟かつ流動的なものとして捉えなおす点である(註1)。
もうひとつに、いわゆる「民俗誌批判」で論じられてきた、非対称的な調査者/被調査者の関係性を乗り越え、共同で建設的な「研究成果」を目指すヒントになりうる点である。
調査者は、傍観者という立場を表明するのではなく、自身の「当事者」としての関わりを隠蔽するのではなく、調査者自身もフィールドの「登場人物」であること自覚するべきである。それは研究成果においても反映させるべきである。
これら論点について、明確かつ具体的に論じるため、本企画では調査における「責任倫理」について議論したい。根本的な倫理違反については、述べる必要もないと思うが、調査活動が良くも悪くも被調査者に何らかの影響を与えることは避けられない。しかし、調査活動や研究成果に対する、的確かつ正当な批判は、むしろ望ましいものである。調査者は、そのような批判を受ける調査活動を行うべきである(註2)。
  問題は、被調査者との間に、調査成果について議論できるつながりを構築し、その継続性を維持することである。被調査者は、調査成果を無視することができるが、なぜそのような厳しい評価を受けるのかについて、検討することもまた有意義である。いずれにせよ、調査成果を被調査者と共有することこそが、調査活動の建設的な成果につながる。
本企画において、発表者は自身のフィールドでの経験を自ら再構成し、「自らを内包したフィールド」について発表を行う。その中で自身の「当事者性」について言及する。現時点では、意見表明の段階を出るものではないが、討論を通して、今後の調査・研究に対する新たな視座を得たいと考えている。

註1)本企画において発表者は、あらゆる研究者はその研究対象(個人、団体、地域など)に対して「当事者」である、あるいは、将来的に「当事者性」をもつ可能性があることを前提とし、発表を行う。すなわち、研究とは、「当事者性」を引き受けることである。
註2)しかしながら、調査活動とは、被調査者たちの事情を知ることで、「書けないこと」を知っていく活動でもあると言える。被調査者たちとの「交渉」の中で調査活動を断念することもありうる。

参照文献
太田好信
  2001『民族誌的近代への介入-文化を語る権利は誰にあるのか』人文書院
クリフォード,ジェイムズ・マーカス,ジョージ編
  1996 『文化を書く』春日直樹他訳 紀伊国屋書店
サイード,W.エドワード
  1993 『オリエンタリズム 上』板垣雄三・杉田英明監修 今沢紀子訳 平凡社
  1993 『オリエンタリズム 下』板垣雄三・杉田英明監修 今沢紀子訳 平凡社
武田丈・亀井伸考編
  2008『アクション別 フィールドワーク入門』世界思想社
宮内洋・今尾真弓編
  2007 『あなたは当事者ではない-〈当事者〉をめぐる質的心理学研究』北大路書房
宮内洋・好井裕明編
  2010 『〈当事者〉をめぐる社会学-調査での出会いを通して』北大路書房
宮本常一・安渓遊地
  2008 『調査されるという迷惑-フィールドに出る前に読んでおく本』みずのわ出版
好井裕明・三浦耕吉郎編
  2004 『社会学的フィールドワーク』世界思想社
ロサルド,レナート
  1998『文化と真実-社会分析の再構築』椎名美智訳 日本エディタースクール出版部

発表1:石川俊介(名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期)
フィールドワークの自己評価-「当事者」として調べづらいことに向き合う


  本発表の目的は、ひとつに、①調査者自身がフィールドワークにおける自身の立場について、自省的に記述することで、調査者の「当事者性」について考えることである。すなわち、様々な立場でフィールドに「居ること」から、調査することがもつ「当事者性」をあぶり出す試みである。もうひとつの目的は、②発表者が「調べづらさ」を感じた調査事例について述べることで、調査における「責任倫理」について考察することである。
①調査活動のバリエーション-フィールドでアルバイトをする
研究者は基本的に調査者という立場で、調査活動を行う。調査者は「この人は○○を調査するためにここに来ている」という「まなざし」を被調査者から受けている。しかしながら、このような関係性は一面的なものと考えられる。なぜなら、調査者はフィールドにおいて、調査のみを行っているとは考えづらいからである。あるいは、調査者という立場を表明せず、別の立場を借りて調査活動をしている場合も考えられる。
発表者は、調査活動の合間に生活費を稼ぐため、調査地内のケーブルテレビ局で番組制作のアルバイトをしていたことがある。発表者の関心に近い取材にも多く関わり、仕事でありながら、聞き取りや参与観察のように感じることもあった。発表者の調査活動は、アルバイトでの「ただ乗り」的な調査と、「通常」の調査を併用することで成り立っていたのである。
②「書けないこと」への対応-フィールドで逡巡する
調査活動において、調査者は自身の興味関心に合致する事例を模索し、それに沿った(偏った)調査を行う、ということは当然であろう。学術的な営みから見れば、フィールドは「情報」の供給源であり、それ以上でも以下でもない。
しかしながら、調査者の活動が被調査者の抱える「潜在的問題」を掘り起こす可能性がある。あるいは、顕在化している問題へ影響を与えることが考えられる。調査活動や研究成果が、様々な思惑をもった人々によって、利用される可能性も多々あるだろう。
このようなことが想定されるが、調査者の興味関心において、無視できない問題である場合、発表者は基本的に調査し書くべきと考える。様々な意見が被調査者間で飛び交う中で、「研究者が持ち込むのは新たな〈解釈〉の一つに過ぎない(飯倉 2008 81)」という意見に同意するからである。

主要参考文献
足立重和
  2004「常識的知識のフィールドワーク-伝統文化の保存をめぐる語りを事例として」『社会学的フィールドワーク』好井裕明・三浦耕吉郎編 世界思想社 pp.98-131
飯倉義之
  2008「現地の〈声〉と研究倫理」『日本民俗学』253 pp.75-83
菅原和孝編
  2006『フィールドワークへの挑戦-〈実践〉人類学入門』世界思想社
日本民俗学会理事会
  2010『日本民俗学会倫理綱領/倫理綱領にもとづく調査・研究の指針』日本民俗学会理事会
野口憲一
  2009 「農村の「地域おこし」活動に関する民俗学的研究-流動的な当事者性について-」『日本民俗学』258 pp.35-64
樋口直人
  2010「あなたも当事者である-再帰的当事者論の方へ」『〈当事者〉をめぐる社会学-調査での出会いを通して』宮内洋・好井裕明編 北大路書房 pp.87-103
三浦耕吉郎
  2004「カテゴリー化の罠-社会学的〈対話〉の場所へ」『社会学的フィールドワーク』好井裕明・三浦耕吉郎編 世界思想社 pp.201-245
ルイス,オスカー
  1970「訳者あとがき」『貧困の文化』高山智博訳 新潮社pp.358-364
八木橋伸浩
  2008「共同幻想の喪失と「個」への対応」『日本民俗学』253 pp.65-74
山田慎也
  2008「現代における葬送儀礼調査と倫理」『日本民俗学』253 pp.100-109

発表2:菅野淑(名古屋大学大学院文学研究科博士課程後期)
調査者が「当事者になる」ということ-実践者としての活動経験から-

研究者が研究対象となる地域や社会に長期間入り込むフィールドワークは、人類学を始めとして近接分野でもみられることである。研究者は調査地で被調査者と出会い、時には生活を共にしながら、調査活動をおこなっていく。調査者は、調査地で「透明人間」になることはできず、「必ず現場からのフィードバックを受け、(中略)さまざまな実践に個人としてまきこまれていく」[亀井/武田 2008:4]のである。そして、「現場での関わりやアクションと一体になって」調査は進行していき、その「体験が調査そのものの方向性を左右することもある」[前掲書 2008:4]。また、調査者と被調査者の関係性は流動的なものであり、調査者が「当事者」になる/なってしまう可能性は否定できない。
発表者はこれまで、滞・在日アフリカ人ミュージシャンおよび日本においてアフリカンダンスや太鼓(ジェンベ)の演奏を愛好する日本人に注目し、その活動実態を調査研究してきた。発表者は、この調査研究を開始すると同時に、実践者(演者)としての活動も開始した。この行為は、調査地および被調査者との関係性を築くためには、不可欠なことであった。当初は受動的であったが、次第にクラスやイベントの企画・主催にも携わる立場として主体的に活動するようになっていった。これは、自らが望んだ部分もあるが、被調査者との関係性の中で生み出された結果である。本発表では、発表者自身の実践者としての活動経験の事例を元に、調査者が「当事者になる」/「なっていく」過程を報告する。その上で、「当事者」になってしまったがゆえの苦悩やそれに伴う責任倫理、調査成果還元のあり方を考えていきたい。
  また、本発表後には、発表者が演者として参加しているパフォーマンス・グループ(サブニュマ名古屋)の演奏をおこなう。これは、「調査者が当事者の一人として、被調査者とともに調査地で実践していることを研究世界で実演する」という新しい試みである。そして、発表者のいう「当事者になる」ことの実例、実証でもあり、「調査者-被調査者」という関係性を見直す試みにもつながると考える。 また、研究会の場で実演することは、被調査者側にとっても、研究者からの視線や評価を感じる場にもなるだろう。被調査者からの研究に対する一定レベルの理解を得ることは、調査者と被調査者との共同で建設的な研究成果を生み出す一助にもなると期待する。ひいてはそれが、調査地/被調査者への調査成果還元にも繋がるのではないだろうか。
発表者の事例および実演を通して、本企画のサブタイトルである「当事者(性)をめぐる議論」への話題提供のひとつとなれば幸いである。

主要参考文献
飯牟礼悦子
2007「『当事者研究者』の流儀-2.5人称の視点を目指して-」『あなたは当事者ではない-<当事者>をめぐる質的心理学研究-』pp.111-122 北大路書房
今尾真弓
2007「当事者で『あること』こと/当事者『とみなされる』こと」あなたは当事者ではない-<当事者>をめぐる質的心理学研究-』pp.80-91宮内洋・今尾真弓編 北大路書房
遠藤保子
2000「ダンスのフィールドワーク:課題と成果還元をめぐって」『体育学研究45』pp.443-448 日本体育学会
2001「舞踊と社会 アフリカの舞踊を事例として」文理閣
クリフォード,ジェイムズ・マーカス,ジョージ編
1996 『文化を書く』春日直樹他訳 紀伊国屋書店
サイード,W.エドワード
1993 『オリエンタリズム 上』板垣雄三・杉田英明監修 今沢紀子訳 平凡社
1993 『オリエンタリズム 下』板垣雄三・杉田英明監修 今沢紀子訳 平凡社
亀井伸孝 
2008「異文化理解の姿勢を教室で教える-ろう者の文化を学ぶワークショップ」「はじめる-アクションから見えるフィールドワーカーの姿」『アクション別 フィールドワーク入門』pp.125-139 武田丈・亀井伸孝編 世界思想社
武田丈・亀井伸孝
2008「はじめる-アクションから見えるフィールドワーカーの姿」『アクション別 フィールドワーク入門』pp.1-9 武田丈・亀井伸孝編 世界思想社
田垣正晋
2007「障害者による障害者心理の研究の意義と課題」『あなたは当事者ではない-〈当事者〉をめぐる質的心理学研究-』pp.101-110 北大路書房
松本学
2007「当事者であることに目覚める・離れる・また近づく」『あなたは当事者ではない-〈当事者〉をめぐる質的心理学研究-』pp.92-100 北大路書房

サブニュマ名古屋
2005年結成。
西アフリカの太鼓ジェンベとそれに合わせて踊るダンスのパフォーマンス・グループ。
現在では、総勢20名を越える大所帯。
サブニュマとは、ギニア共和国マリンケ人の言葉で「素敵な出会い」や「何か良いことがある」という意味。
名古屋市を中心に、来日アフリカ人ミュージシャンのライブやお祭り、イベントなどで演奏活動をおこなう。
メンバーの約半数が、ギニアやセネガルなどアフリカ現地滞在経験あり。
ステージひとつひとつが「素敵な出会い」。太鼓とダンスを通してアフリカ文化を楽しく紹介している。



2011年1月17日月曜日

中部大学国際関係学部シンポジウム「ストリートの人類学」

「道」の文化想像力と創造力
日時:2011年1月26日(水曜日)15時20分~17時20分
会場:中部大学春日井キャンパス5132教室(51号館3階)
講師:

関根 康正(日本女子大学人間社会学部教授)
鈴木 裕之(国士舘大学法学部教授)
司会:和崎 春日(中部大学国際関係学部教授・副学部長)
講演内容:

第一部:インドの路上の「貧富」とジャーティの生活動態から
第二部:アフリカ・コートジボワールの路上の若者・芸能動態から
第三部:名古屋大須ストリートと滞日アフリカ人の生活生態から

現代の日本や欧米の社会では、道や区画が整備されすぎ、小ギレイではありますが管理が行き届きすぎています。ちょっと昔の街の隘路やストリートは、人々が通り際に祠に手を合わせ、子どもたちは毬つきやボールの壁投げで遊び、タバコ屋のおばあちゃんは子どもたちの言葉遣いを正したり、車に気をつけてねと声をかけて「他人」にも愛を注ぎ、ときには楽団がやってきて猥雑な演技も披露される・・・このような、人々の心も通い合う「場」でした。こうしたストリートのもつ「逸脱しつつ創造する」力―社会性生成力、教育力、宗教力を、現代社会での諸実践の中から問い直していきます。


http://www3.chubu.ac.jp/international/news/805/ 

2010年11月29日月曜日

第4回まるはち人類学研究会 祝祭性を考える

下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。


日時:2010年12月25日(土)14:00-17:30 終了後、高蔵寺近辺にて懇親会あり
中部大学春日井キャンパス72号館7221 号室
http://www.chubu.ac.jp/about/campusmap/documents/campusmap2010_flat.pdf 
*バスでお越しの際には、神領よりのスクールバスが本数も多く便利です。 


発表者
14:00-14:10 趣意説明 黒田清子(中部大学国際人間学研究所研究員・中京大学国際教養学部非常勤講師)

14:10-14:50  黒田清子(中部大学国際人間学研究所研究員・中京大学国際教養学部非常勤講師)

祝祭性で考える試み―岐阜県郡上市八幡町岸劔神社大神楽―
15:00-15:40 清野則正(名古屋市立大学芸術工学研究科博士後期課程) 

あいちトリエンナーレにおける祝祭性
15:50-16:20 コメント 谷部真吾(名古屋大学大学院グローバルCOE研究員)
16:20-17:30  全体討議
 
「祝祭性を考える」

 「祝祭」は、文化人類学に限らず、演劇、評論、文学、建築、音楽など様々な分野で語られる言葉である。文化人類学において「祝祭」は、「祭り」、「儀礼」、「カーニヴァル」をとりまく議論にみられてきた用語である。「祭り」、「儀礼」、「儀式」、「祝祭」、「祭儀」は重なり合う意味をもって用いられ、互いに区別することは難しい。昨年発行された辞典・事典にはひとつの項目として「祝祭」を取り上げているものもある。



「日常的次元とは区分された非日常を時間的・空間的に構成することによって、何かを祝ったり記念したりする儀礼的行為。いわゆる「まつり」であるが、祭礼・祭式より祝祭の方がより華美で享楽的な響きがある。(略)祝祭はまた、歴史的・社会的条件によってかなり幅のある活動であることもしばしば指摘される。(略)近年の観光化や人の移動のボーダレス化といった社会状況の変化においても、祝祭は柔軟に適応しながら、凝集性と拡散性の両面性を発揮する事象として注目される。」(川田2009:152-153)



「祝祭は、祭りの重要な本質を言いあてているものとも言えるし、祭りを構成する重要な部分とも言える。(略)日本の祭りで言えば、(略)祭りは、儀礼=「神人の交流」から祝祭=「人人の交流」のレンジや範域を持つといえる。しかも、その祝祭は、聖なる存在に祝福されての「人人の交流」から神聖性が退いたあとの集合的な「人人の交流」までのレンジ範囲をもつ。この延長線上に、神聖性を欠いた単なる集合的な「人人の交流」としての祝祭も生まれてくることになる。だが、この儀礼と祝祭の二つは、区分できないことがある。神聖性(儀礼、祈り)が、「非日常的な集団高揚」(祝祭)のなかで顕現(ヒエロファニー)する。だから、儀礼(神聖な神の出現)は祝祭のなかで混じって同時に生成しているときがある。(略)集団の拠って立つ根源的な世界観(共同原理)が、劇的構成による非日常的な集団高揚において象徴的に実現するものである。すると、その集まっている集団の拠って立つ根源的な世界観(共同原理)は、宗教的な信仰原理だけでなく、その地の「謂われ」やコミュニティの価値観、そして、その共同行動の基本精神や由緒であっても良い。ここに、神なき祭やイベント祭が展開しうる理由がある。」(和崎2009:857-858)



このように祝祭は、非日常的な時間・空間における事象であり、集団高揚の行為であり活動であるといった幅をもつ概念といえる。祭りの要素、部分として語られる場合には、祝祭は、日常と祝祭、儀礼と祝祭という対立要素とすることも、重なり合う、両義的な要素となることもある。この場合、祝祭が日常や儀礼にうちかつ部分がどのようにあるのかをみるべきである。一方、日常的な空間や時間のなかにも「祝祭性」が広く蔓延している都市においては、祭りとの関わりなしに語ることもできる。都市祝祭の場合には、「祝祭性」と呼べるさまざまな仕掛けが伴う。

今回、ひとつの祭事・催事を祝祭性でどのように分析・考察できるのか試みたい。その意味において「祝祭とは何か」を考えるというよりも「祝祭性で考える」試みといえる。またそこに祝祭「性」とした意図がある。

 発表者1の黒田は岐阜県郡上市八幡町岸劔神社大神楽を祝祭性で分析を試み、地方の祭り研究の発展可能性を考察する。発表者2の清野は、「あいちトリエンナーレにおける祝祭性」について、仕掛け人たちの祝祭に関する言説と作品等の実際を照らし合わせ考察する。今回ゲスト発表者として芸術工学の清野氏を招き、異なる分野の二人がこのテーマについてどこまでクロスできるのかできないのかを探る試みとしたい。

 発表者に限らず、多くの人が関わることが出来るテーマであるので、フロアーからの活発な議論を期待したい。



事典・辞典

川田牧人,2009,「祝祭festivity」日本文化人類学会編『文化人類学事典』丸善株式会社:152-153.
和崎春日,2009,「祝祭」小島美子 ・鈴木正崇 ・三隅治雄 ・宮家準 ・宮田登 ・和崎春日 監修『祭・芸能・行事大辞典(上)』朝倉書店:857-857.


発表1:黒田 清子「祝祭性で考える試み―岐阜県郡上市八幡町岸劔神社大神楽―」

まず「祝祭性」に関わる研究のレビューを行い、どのような分析・考察の可能性があるかを述べる。

次に具体的な考察対象として、岐阜県郡上市八幡町岸劔神社大神楽を紹介する。発表者は修士論文においてこの大神楽と神楽役者たちを、民俗芸能とその共同体社会の関係としてとらえた。この時は特に神楽曲を中心とした分析を行った。神楽役者や町民との聞き取りと、自身が神楽練習へ参加することを通して読み取れたことは、この大神楽がもつ全10曲の神楽曲は、それぞれ用いられ方や場の限定などにより各曲への役者たちの関心の差(意識差)が伺えた。つまり、各神楽曲への価値的差異があった。それらは「音と人」の関係にとどまらないものであったので、それらの関係を音を中心とした「人・音・場・時」という切り口のもとにその意識の強さの差異を「人の中の時の層」「時と場の層」「音と場の層」の3つの層として読み取る試みをした。ただし、この時の分析は、神楽曲という音を中心にとらえたこと、確固とした共同体社会を前提としていたこと、わかりやすくしようとしすぎたためか機能主義的な面があったという反省がある。

今回、大神楽という祭りを、祝祭性で考えるという試みをすることで、今後の研究の発展可能性を考察したい。祭りにおいて、人が集まり盛り上がる、場がもつ力といったものはどのようにとらえるべきなのか、どこまで分析可能か考察してみたい。



参考文献

桑江友博,2009,「都市祝祭祭礼研究・再考」武蔵大学総合研究所編『武蔵大学総合研究所紀要』(19) :95-115.

薗田稔,1990,『祭りの現象学』弘文堂.

松平誠,2008,『祭りのゆくえ―都市祝祭新論』中央公論新社.

山口昌男,1984,『旅とトポスの精神史 祝祭都市 象徴人類学的アプローチ』岩波書店.

米山俊直, 1986,『都市と祭りの人類学』河出書房新社.

和崎春日,1996,『大文字の都市人類学的研究』刀水書房.

発表2:清野則正「あいちトリエンナーレにおける祝祭性」



 2010年8月21日から10月31日の期間、新しいアートの動向を愛知から世界へと発信する国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」が催された。

 第1回目のテーマは、「都市の祝祭 Arts and Cities」。国内外130組以上のアーティスト・団体が参加し、現代美術、ダンスや演劇等のパフォーミング・アーツやオペラなどの、世界最先端の現代アートを中心とした多くの作品。美術館や劇場だけではなく、街の中にまで進出したアート空間が呈した「都市の祝祭」とは一体どのようなものであったか。

 「都市の祝祭」というテーマについて、芸術監督の建畠晳は「都市にとってアートとは何か、アートにとって都市とは何か」*1)を考え、アートのもたらす祝祭性の意味について再考し深化させ捉え直したいとしている。都市の生活空間、屋外での展示作品において、アートによる非日常的な光景が介在することで、私たちの想像力が刺激され、普段見慣れていた街が、スペクタル性を帯びてくる。つまりアートという方法、手段を用いた「にぎわい」による街の高揚感を喚起することを試みようとしていた。このテーマについて、キュレーター愛知県美術館主任学芸員、拝戸雅彦、パフォーミング・アーツ担当キュレーター愛知県文化情報センター主任学芸員、唐津絵理、映像担当キュレーター愛知県文化情報センター主任学芸員、越後谷卓司、それぞれの祝祭に対する考え方をまとめる。

 次に事象としてあらわれた展示、公演、上演された作品群を整理し、都市とアートの関係を考察する。場所とアートの関係から、祝祭とはどのように浮かび上がるのか。「場所性」を全面的に活かすとしても、都市型の芸術祭である「あいちトリエンナーレ」と(名古屋市で開催されていたが)、越後妻有や瀬戸内国際芸術祭とは根本的差異が存在する。その差異とは、都市型と観光型の芸術祭であるということである。都市は多くの人にとって特別な場所ではなく、普遍的なイメージを有する。名古屋という場所はキュレーターの視点からどう捉えられたのか。

 このようにあいちトリエンナーレにおける祝祭性を浮かび上がらせるために、芸術監督をはじめ、現代アート、パフォーミング・アーツ、映像キュレーターの祝祭性のスタンスを概観する。そして場所性に着目し、都市型芸術祭の祝祭性のあり方を作品等の事象を通してまとめることで、あいちトリエンナーレの祝祭性の考察を試みる。



《引用文献》

*1):文献2)、p22.

《参考文献》

1) 編集制作、馬場駿吉、他6名「芸術批評誌【リア】24」リア制作室、2010.

2) 「美術手帳2010年8月増刊 あいちトリエンナーレ2010公式ガイドブック アートの街の歩き方」株式会社美術出版社、2010.

3) 「あいちトリエンナーレプレスリリース」あいちトリエンナーレ実行委員会、2009〜2010.

http://aichitriennale.jp/press/

2010年10月6日水曜日

第3回まるはち人類学研究会 健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容

下記の要領で研究会をおこないます。
皆様ふるってご参集ください。
 ( 各発表者の要旨は後日追加いたします)

日時:10月23日(土):14時-17時10分頃 終了後懇親会あり
場所:南山大学名古屋キャンパス人類学研究所 1階会議室
http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html

健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容
14:00-14:10 趣旨説明

14:10-14:50 菅沼文乃(南山大学大学院人間文化研究科博士課程後期)
「差異化される老年者―画一化されたマイノリティ」

15:00-15:40 大谷かがり(中部大学生命健康科学部保険看護学科)
「『私たちは援助を受ける側ではない』
―日系ブラジル人の健康をめぐる人々の実践を通じて」

15:50-16:10 コメント 松尾瑞穂(新潟国際情報大学情報文化学部情報文化学科)

16:10-17:10 討議

「健康を相対化する―規定された「健康」と抵抗・受容」

健康問題と人類学
健康問題を人類学的視座から見る。これは医療人類学の一つのテーマである。医療人類学は、当該社会における健康・病気観や医療行為のみならず、身体の文化的適応、ライフサイクル、異文化接触による健康への影響等についての研究課題を提起する。そのうちの一つに、健康概念に関する研究がある。この分野においては、中米ホンジュラスにおける西洋近代医療の「健康」の言説に対する村落民の実践(池田1996)、近代日本における健康言説の構築過程についての研究(野村2009)など、グローバル時代において近代医療が直面しうる健康概念の諸問題に関する研究がおこなわれている。

「健康」と差異/健常
また、近年の医療を対象とする人類学の主要なテーマのひとつに、社会的マイノリティとされる人々の医療実践の研究がある。
しかしながら、社会的マイノリティというカテゴライズ自体、ある種の権力性が潜んでいることに注意しなくてはならない。つまりカテゴリーを特定するための科学技術と、カテゴリーを定義する社会認識の相互作用である。例えばゴフマン(1961)による施設制度による「差異」化の問題の指摘は、人々が社会的マイノリティとされる権力構造を明らかにするものである。
差異化の議論は、カテゴリー化の社会学的批判と医療科学分野からの反批判を含んでいる。それはたとえば「社会的諸制度による差異化」をめぐる論争であり、またそれに対する脳科学・遺伝子研究による身体的な優性の選択、すなわち科学的に「差異」と「健常」を区別する方法の問題性である。社会の諸制度は移民などの民族的マイノリティを生み出し、また科学的医療は身体障害やジェンダー/セクシュアリティの問題を代表とする差異化の作用を担っている。この構造は、マイノリティとされる人々の様々なかたちの抵抗に現われる。

本企画の企図―「健康」概念への抵抗
医療世界のさまざまな実践を研究してきた医療人類学の議論は、医療のありかたのみならず、それを受容/抵抗する個々人のそれぞれの受容の仕方も多様であることを明らかにしてきた。
社会的マイノリティとされる個人は、医療との接触の際に起こるコンフリクトを最小限に食い止めるために、さまざまな実践を行っている。それは近代的疾病・健康の観念・予防・治療行為の把握であり、それにもとづく治療行為の適用の仕方の模索、さらにはマイノリティとされる人々による主体的連帯の結成である。その背後には様々なかたちでの差異化、そして権力への抵抗がある。差異化される人々がどのように近代医療世界の中で生きていくのか。それは差異と「共に」生きることを意味する。
本企画では、健康概念と制度による社会的マイノリティの構築、社会的マイノリティの健康に関する実践を取り上げる。健康概念に対するさまざまな抵抗、あるいは受容のありかたをひろいあげることによって、近代医療世界を生きる人々の「健康」のあり方を描き出していく。

参照文献
池田光穂
 1996 「健康の概念と医療人類学の再想像」『医療人類学』第21号、pp.1
野村亜由美
 2009 「健康についての医療人類学的一考察- WHO の健康定義から現代日本の健康ブームまで-」『保健学研究』 21(2)、pp.19-27


Goffman, Irving
1961  Asylums: Essays on the Social Situation of Mental Patientsand Other Inmates, Doubleday=19840305 (石黒毅訳,『アサイラム――施設収容者の日常世界』,誠信書房)


差異化される老年者―画一化されたマイノリティ
南山大学大学院人間文化研究科 菅沼文乃


本発表は、健康の制度が老年者を社会的マイノリティとする過程を明らかにするものである。ここで注目するのがQOL(quality of life)概念であり、本発表ではこの概念にもとづく健康の制度が、対象を社会から差異化されたマイノリティとする作用をもつことを指摘する。
1980年代末から急速に医学分野に浸透したQOL(quality of life)概念は、「生活の質」あるいは「生命の質」と訳される、もともとは社会学的あるいは経済学的分野で使用されていた概念である。この概念の導入には、寿命の長期化や慢性病の社会問題化に伴い、患者の余命を伸ばすという量的(quantity)な問題のみではなく、患者の快適な生活を重視するという傾向、すなわち質的(quality)な問題への着目があった。
老年者のQOLについては、老年という性質上身体的な衰えや持病などの要素が複合的に含まれるため、一般的な患者に対する評価よりも多岐に渡る視点から考慮される必要がある。老年者は社会的立場をはじめ、疾病構造自体も若壮年者とは異なっているため、QOLのありかたはもちろん、評価に関しても特殊な状況におかれていることに注意しなくてはならない。たとえば老年者のQOLは健康上や合併疾患によるADL(activities of daily living:日常生活動作)の変化の影響を受けやすく、また精神心理的側面からも老年者のQOLの評価上の問題点があげられている。このような高齢者のQOLを構成する要素は精神的側面と社会的側面である。本発表はこのうち、QOLの社会的側面に焦点を当てる。その一端を担うのが高齢者福祉制度である。
近年の日本の高齢者福祉制度は高齢者の「主体的な社会参加」を強調している。これは65歳以上の「高齢者」の増加により、従来的な保護的サービスの提供という形での福祉の存続が困難になったこと、また介護を必要としない高齢者の増加を背景としている。「高齢者の社会参加」は高齢者福祉政策の「高齢者にサービスを提供する」という認識に、「高齢者の能力の社会への還元を期待する」という点を付け加えることとなった。高齢者福祉政策における「期待」概念の誕生において本発表で留意すべき点は、それまでの政策に関して常に受動的な客体であった高齢者像とは違う、「主体性」をもった高齢者像が求められている点、その発揮の手段として社会参加が奨励されている点である。
こうした高齢者福祉サービスは「生活支援サービス」として、従来からある数多くの生活関連サービスを複合しつつ、ネットワーク化を図るものである。これは老年者の社会ネットワークへの再包摂を意味する。社会との積極的な関与は、老年者のQOLの社会的側面を満たすものである。しかしながらこれはQOLの「主体的」な充足ではない。
しかしこれらの医療の指向や福祉制度がイデオロギー装置となる場面もある。このイデオロギー装置の方向は、老齢者を特殊なQOLを必要とする集団として客体化すること、増加の一途をたどる高齢者医療の国家負担を軽減させるための介護予防、そして、老年者を福祉制度の対象である「高齢者」として規定すること、である。制度の対象となる「高齢者」という社会的マイノリティをめぐる支援は、支援される権利をもつ老年者を社会的マイノリティとする仕組みを、構造的に作り出しているのである。

主要参照文献
オライリー,イヴリン.M.2004(1997)『「老い」とアメリカ文化~ことばに潜む固定観念を読み解く~』田中典子・鶴田庸子・鈴木恵子・仁木淳共訳、リーベル出版。(O’Reilly, Evelyn M. 1997 Decoding the Cultural Stereotypes about Aging. Routledge.)
辻正二2000『高齢者ラベリングの社会学:老人差別の調査研究』、恒星社厚生閣
黒岩亮子2001「生きがい政策の展開過程」、『生きがいの社会学―高齢社会における幸福とは何か―』、高橋勇悦・和田修一(編)、 弘文堂:215頁-241頁
三上洋「高齢者のQOL」『老年医学』荻原俊男編2003朝倉書店
吉川明・宮崎隆保2008「重度・重複障害者におけるQOL評価法の検討」『新潟青陵大学短期大学部研究報告』第38号147-153
武藤正樹1995「QOLの概念の歴史と構造」『QOL の概念に関する研究 平成6年度健康・体力づくり財団健康情報研究事業報告書』大塚俊男・武藤正樹・萬代隆他、健康・体力づくり事業財団.
武藤正樹・今中雄一1993「QOL の概念とその評価方法について」『老年精神医学雑誌』4(9)
Schipper H 1984 Measuring the quality of life of cancer patients: The functional living index-cancer:Development and validation. J Clin Oncol 2 pp472-483
Neugarten B, Havighurst R, Tobin S 1961 The measurement of life satisfaction. J Geweontol 16:pp134-143


「私たちは援助を受ける側ではない」―日系ブラジル人の健康をめぐる人々の実践を通じて―
中部大学生命健康科学部保健看護学科 
大谷かがり

1990年の出入国管理及び難民認定法の在留資格の再編により、多くの日系ブラジル人が働くために日本にやってきた。中でも豊田市は日本でも有数の製造業が盛んな町であり、中南米から数多くの人々がデカセギにやってきている。豊田市の日系ブラジル人のコミュニティに関する社会学研究は、日本人の生活支援活動や日系ブラジル人の就労形態から、援助を必要とする日系ブラジル人、地域につながらない日系ブラジル人や解体したコミュニティについて論じてきた。しかし、そこに暮らす人々の視点から日系ブラジル人について考えたとき、援助を受ける側とそうでない側という二項対立の枠を超えた、コミュニティの参加者の思惑が交錯する複雑なコミュニティのありようが見えてくる。入管法の改定より20年以上経過した今、日系ブラジル人の地域社会での生き方についてもう一度考えたい。
2008年の不況以降も、豊田市には約15000人の外国人が暮らしている。豊田市では、日本人には自明の健康概念や公衆衛生の観念が在住外国人に通用せず、在住外国人、地域住民、行政との間で摩擦が起こっている。住民の約5割がブラジル人である保見団地では、NPOやボランティアグループが、在住外国人と日本人双方に互いの社会的、文化的相違を伝え、地域で暮らすためのサポート活動を行っている。保見団地を中心に活動する外国人医療支援グループは、日系ブラジル人と日本人が健康について話し合う場を設け、健康で暮らすために必要な情報を日系ブラジル人のコミュニティに発信し続けている。本報告では、外国人医療支援グループの活動を事例に、日系ブラジル人の子どもの健康とその問題をめぐる人びとの実践と戦略に着目し、健康という視座から日系ブラジル人のコミュニティについて考えたい。