2013年2月3日日曜日

第15回まるはち人類学研究会   中部地区人類学修士論文検討会

皆様

水ぬるむ季節を迎え、皆様も健やかにお過ごしのことと存じます。

第15回まるはち人類学研究会の詳細が決まりました。
皆様に会場でお目にかかれますことを楽しみにしております。
春の兆しが嬉しいこの頃。あなたの春も、すぐそこですね。



2013年2月16日

第15回まるはち人類学研究会  
中部地区人類学修士論文検討会

場所:南山大学人類学研究所1F会議室
(http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html)


13:00-13:05 趣旨説明
13:05-13:35 発表① 矢倉広菜(名古屋大学)
  「野生動物を殺すことになった人々ー愛知県における獣害問題の事例からー」
13:35-13:50 質疑応答
13:50-14:20 発表② 廣田緑(南山大学)
  「スニ・コンテンポレルーインドネシア現代美術における「市場」と「言説」の変容ー」

14:20-14:35 質疑応答
14:35-14:50 休憩
14:50-15:20 発表③ 如法寺慶大(南山大学)
  「コトラオルカヌーとは何か?ーパラオにおけるコトラオルカヌーのカテゴリーに関する物質文化研究ー」
15:20-15:35 質疑応答
15:35-16:05 発表④ 加藤英明(南山大)
  「金属加工技術に関する人類学的考察ー愛知県の町工場を事例としてー」

16:05-16:20 質疑応答
16:20-16:35 休憩
16:35-17:05 発表⑤ 日丸美彦(愛知県立大)
  「先住民族文化にみる持続可能な環境教育資源ーフィリピン環境演劇の身体知と暗黙知ー」
17:05-17:20 質疑応答

2012年12月3日月曜日

第14回まるはち人類学研究会 死の秘められた身体- マリ共和国セヌフォ社会の埋葬儀礼を手がかりに

皆様

街中にクリスマスイルミネーションが華やぐ季節、益々ご健勝のことと存じ上げます。
第14回まるはち人類学研究会
の詳細が決まりました。
お忙しいと時期は思いますが、
皆様に会場でお目にかかれますことを楽しみにしております。


2012年12月22日
第14回まるはち人類学研究会

「死の秘められた身体-マリ共和国セヌフォ社会の埋葬儀礼を手がかりに」


会場:椙山女学園大学星ケ丘キャンパス 現代マネジメント学部地下1階 001教室 (地下鉄東山線「星ヶ丘」より徒歩5分)

13時30分~13時35分 「中部人類学談話会とまるはち人類学合同企画」趣旨説明
13時35分~14時35分 発表者:溝口大助(首都大学東京等非常勤講師)
14時35分~14時50分 休憩
14時50分~15時20分 コメント:須田征志(名古屋大学)
15時20分~15時50分 コメント:坂井信三(南山大学)
15時50分~16時05分 休憩
16時05分~16時50分 質疑応答


「死の秘められた身体-
マリ共和国セヌフォ社会の埋葬儀礼を手がかりに」
 溝口 大助

  本発表の目的は、マリ共和国最南東部に住むセヌフォ(
ポンポロ方言話者)の一村落で実施された埋葬儀礼の資料を対象とし、そこでの墓掘り人たちの語りと行為を考察・分析することで儀礼上の社会的相互行為の特徴を明らかにすることにある。よりふみこんでいえば、人が死を迎えるまでの経過、息を引き取ってすぐにおこなわれる湯灌儀礼、それに引き続く死装束儀礼にはじまり、埋葬儀礼までの一連の作業過程におけるひとびとの作業と言葉のやりとりに焦点を当てることで、セヌフォにおける諸価値がそこで表明される様子を示す。
 理論的には、近年の新たな「死の人類学」
の分析枠組を補完することも目的とする。たとえば、近年、「死の人類学」における「存在論」の問題が注目されている。この種の議論はなるほど、「死の人類学」の分野に新しい観点をつけくわえた。たとえば、代表的な論者は、トラジャにおける死者のもつ感性を生者が想像することで、生者も死者も世界のうちに存在することのできる鋭敏な感覚を育むとするシンヒロニス(Tsintjilonis2007)や、「存在論」をめぐる近年の視点を導入することで新たな霊魂観研究を主導するビラースレウ(Willerslev 2009,
 2011)など、である。
たしかに彼らの死や霊魂を主題とする示唆は興味深い。だが、ここで注意を要するのは、たとえば、生者に対して死者がもつ過敏なほどの感性をいかに生者が生成し維持うるのか、死者や非人間へと交叉する生者はいかなる霊魂観を生み出すことができるのかという点が等閑視されていることである。この問いへの応答のヒントとなるのが、かつて死と再生をめぐるイデオロギーの問題を検討したブロックとパリー(1982)らの試みであり、彼らが理論的に経由したエルツ(Herts 1907)やモース(Mauss 1896, 1899, 1910)などの死の社会学的分析をおこなった理論家たちの視座であった。

 以上の視点を補完するために、本発表は、「イデオロギー効果」を帯びる力が、自己犠牲や禁欲を構成的規則により整序する儀礼的禁止から生み出されるという見落とされがちな点に焦点を絞って事例を提示したい。とくに絶息した遺体をめぐる連続する儀礼のなかでの墓掘り人たちの緊迫した言葉のやりとりを事例として、仄めかしや暗示の基盤となる不安定な現場を示すことで、彼らの諸価値の流動性と場を取り繕う話法が明らかにされる。そして死者の身体をめぐって社会的相互行為がおこなわれることを可能にしている行為の現場に秘められた基盤がそこに存在することが示されるだろう。

参照文献
BERIDOGO, Bréhima
1983. Le système de parenté et les rapports de production chez les Senoufo-Cyibala du Folona. Thèse de 3ème cycle, Université de Paris Ⅴ.
BLOCH, Maurice
1975 Political Language and Oratory in Traditional Society. Academic Press.
FAY, Claude
1983. Biens, traces et ancêtres. La dynamique du pouvoir chez les senufo. Thèse de 3ème cycle, Paris, EHESS.
HERTS, Robert
1970 (1907) "Contribution a une etude sur la representation collective de la mort (1907) " Sociologie religieuse et folklore, Paris: Presse Universitaire de France.
KONE, Yaouaga Félix
1989 Dynamique de la segmentation lignagère. Le cas des senufo du Folona(Mali). Thèse de 3ème cycle, Paris, EHESS.
LIENHARDT, Godfrey
1961 Divinity and Experience: The Religion of Dinka. Oxford University Press.
Mauss, Marcel
1896 "La religion et les origines du droit pénal d'après un livre récent(1er article)," Revue de l'histoire des religions 34: 269-295.
1897 "La religion et les origines du droit pénal d'après un livre récent(2e et dernier article)," Revue de l'histoire des religions 35: 31-60.
1899 "Essai sur la nature et la fonction du sacrifice, " dans OE, t.2, pp. 195-354.
1910 "Les Rites de Passage, " L’Annee sociologique, 11, 200-202.
Willerslev, R.
2009 "The optimal sacrifice: A study of voluntary death among the Siberian Chukchi" American Ethnologist 36(4): 693-704.
2011 "Frazer stirkes back from the armchair: a new search for the animist soul", Journal of Anthropological Institute 17(3): 504-526.
Zeitlyn, D. 1990 "Professor Garfinkel Visits the Soothsayers: Ethnomethodology and Mambila Divination," Man (N.S.) 25: 654-666.
カントーロヴィチ、エルンスト
2003 『王の二つの身体』ちくま学芸文庫。
塩川徹也
1986「17、18世紀までの心身関係論」『
新岩波哲学講座9』岩波書店。
鶴岡賀雄
1991 「魂の受動性: 十字架の聖ヨハネ『魂の暗夜』に於ける」『東京大学宗教学年報』
8:1-19。

2012年9月27日木曜日

第13回まるはち人類学研究会 老いや病をめぐる事象を探究する―人類学×看護学

皆様

野分の候、益々ご健勝のことと存じ上げます。
第13回まるはち人類学研究会開催が決定し、
プログラム等の詳細が決まりました。
お忙しいと時期は思いますが、
すがすがしい秋空の下皆様に会場でお目にかかれますことを楽しみにしております。



第13回まるはち人類学研究会

老いや病をめぐる事象を探究する―人類学×看護学


日時:2012年10月6日
会場:中部大学名古屋キャンパス510教室(http://www.chubu.ac.jp/location/)
 名古屋市中区千代田5-14-22( JR中央本線「鶴舞」駅名大病院口(北口)下車すぐ、
 地下鉄「鶴舞」駅下車北へ約100m)


 14時30分~14時40分 趣旨説明
 14時40分~15時20分 発表者:菅沼文乃(南山大学)
 15時25分~16時5分  発表者:大谷かがり(中部大学)
 16時10分~16時50分 発表者:梅田奈歩(中部大学)
 17時5分~17時25分 コメント:工藤由美(亀田医療大学)
 17時25分~17時55分 質疑応答


<企画趣旨>
 大谷かがり

人類学では老いや病をめぐるさまざまなフィールドで調査が行われ、研究が発表されている。そのテーマは、患者の生活世界、ケアや健康の概念の多様性や多義性、死や生に関する儀礼、臓器移植、介護など枚挙に遑がない。人類学は比較的規模の小さい集団を丹念に調査し、人びとの社会関係をあぶりだすことをその特徴としているが、老いや病をめぐるテーマの場合、病者や老人の身体的状況とその背景に焦点が当たる傾向にある。当たり前であるが、生や死は身体から生起するのであるから、生や死が身近でない人たちにとっては、フィールド自体が非日常的であるし、フィールドの背景には繊細で複雑な事情が存在する場合もある。そのため、調査者では踏み込めない専門家の領域が存在することもあるだろう。こういった事情が身体的状況とその背景に焦点を当てさせるのかもしれない。
 しかしながら、老いや病に関するフィールドにも社会があり、人びとの関係性がある。したがって今回は3名の発表を通して、老いや病をめぐる事象の主役、患う人、その身体的状況とともに、登場する人びとの関係性やその変化を丁寧にみていくことを目的としている。
池田 [2010]は、各地域の身体や命をめぐる様々な概念や事象を事例に挙げ、臨床にかかわる様々な事象を相対化し、臨床での医療者優位のあり方を批判した。池田は、看護の人類学研究を整理したうえで、看護は看護師と患者の相互行為であるが、既存の研究では看護師から患者への一方通行の行為に焦点が当てられており看護師が見えてこないことを指摘する。そのうえで、患者と看護師の相互行為として看護をとらえることの重要性を説く[池田 2010]。
しかし、身体や命をめぐる様々な事象を相対化するだけでは、患者と看護師の相互行為に焦点は当たらない。私は臨床で看護師として働いた経験や病院での実習指導を通して、看護師は、看護は患者と看護師の相互行為であると自覚していると思う。そうであるならば、自覚的に相互行為を取り上げる必要がある。
また、また身体や命をめぐる場にはいくつかの社会的空間が存在する。たとえば病棟は、患者にとって治療を受ける場、眠ったり食事をしたりするプライベートな生活の場である。これに対して看護師にとっては職場である。このように病棟が複数の社会的空間が接合している場であることをふまえて、看護を取り巻く人びとの関係性とその変化、病棟での看護師と患者の社会的空間の接合部分にも着目したうえで、詳細な記述と分析をすることが求められる[大谷 2011]。
今回の発表で菅沼が取り上げるのは、沖縄県都市部に位置する滞在型低賃貸アパートに居住する老年者と他居住者及び地域との間で構築される/構築されない社会関係である。大谷は、自身が看護師として働いていたときに患者との関係性の中で感じた戸惑いと動揺を解消するための経緯を発表する。梅田は、梅田自身の臨床看護師時代のエピソードもふまえつつ、愛知県内に暮らす高齢者が「転倒」に向き合い、折り合いをつけていく事例について発表する。
 また、今回は看護学者、看護学者であり人類学者、人類学者が発表する。3名の発表を通して身体や命をめぐる事象のとらえ方に関する、看護学から人類学へのグラデーションを提示することができるだろう。ここに身体や命に関するフィールド、もしくは看護に関するフィールドに関心を持つ人類学者の一助となる「何か」が提示できるかもしれない。

参考文献
 池田光穂
  2010『看護人類学入門』文化書房博文社。
 大谷かがり
  2011「書評 書評:池田光穂著『看護人類学入門』」『文化人類学』76(3): 356-360。



<発表者要旨>

老年者と社会との接合に向けて―沖縄県都市部における独居老年者の社会関係構築の試みから考える
南山大学 菅沼文乃

 
1.福祉の閉鎖性による老年者の特殊化(構築主義的視点)
猪瀬浩平は普通学級就学運動における「障害」をめぐる実践の研究において、「障害」の社会構築について「近代の産業形態や、医療・教育制度のフィルターを通る中で、本来、文脈に応じて多様に変化する社会的役割は無視され、『障害者』という固定的カテゴリーを付与される」[猪瀬2005]とする社会構築論について触れているが、このような議論は老年者にもそのまま当てはめることができる。
「高齢者」のカテゴリー化は、政策に対する要求の高まりとそれに応える行政の作用にしたがって行われてきた。Chudacoffは、100年間の間に老人性痴呆と老齢化に必然g6的に伴う肉体的組織の物理的衰えを同一視する認識が誕生したことを指摘している[Chudacoff1989]。この認識は、福祉サービスを受ける基準に年齢を用いる制度や、老人ホーム等の福祉施設増加など、現在の日本社会で展開されている福祉の成立の一端も担っている。高齢者に関する行政システムの充実は、社会構造の中における年齢階層の捉えなおしがなされるようになったこと、すなわち老年者が「高齢者」という具体的な社会要素として実体化されることを意味している。したがって、現代社会には、老年期を人間の成長段階の一過程として捉えるという生物学的解釈だけではなく、社会的に設定されるカテゴリーとして捉える解釈も存在するという、猪瀬のいう「障害の構築」と同じ構造を見出すことができるのである。
発表者はこれまで、この社会的な老化が、老齢の人々に「老人」「高齢者」というレッテルを付与する―すなわち「老い」は社会的に設定されたカテゴリーである、という前提にもとづき、①行政による福祉政策が、日本の高度経済成長の中で、老年者を「社会的弱者」あるいは「社会で対処すべき問題」として客体化してきたこと、②昨今の「生きがい推進」を標榜するサークルや団体が、このような高齢者観を背景に組織されてきたことを指摘してきた[菅沼2008]。
また、福祉は老年者に不可視性をまとわせる役割も果たしている。老人ホームを対象とした民族誌研究では、施設内外の世界のすれ違いに着目し、施設が「閉じられた社会」であることを指摘している[高橋2001]。発表者は、老人ホームのような長期滞在型の福祉施設でなくとも、高齢者福祉全般にこの傾向がみられると考える。
というのは、高齢者福祉サービスは「生活支援サービス」として、従来からある数多くの生活関連サービスを複合しつつ、ネットワーク化を図るものとして展開されているものの、その拠点はいまだ地域にひらかれた施設とはなっていないのである。たとえばデイサービスの現場には、地区の民生委員、地方自治体によって指定管理者として認定された福祉法人の役員、そしてサービスの参加者である老年者しか存在せず、地域住民は、老年者の姿をみることはないのである。
第三回まるはち研究会では、福祉制度と老年者が再帰的に「高齢者」を構築し、その作用を隠ぺいする構造を指摘した。ここでは、福祉に参加する老年者を取り上げている。これに対して、本発表では福祉現場に参加しない独居老年者の事例を取り上げ、老年者の日常生活におけるネットワーク=社会関係の構築から、老年者が社会に接続するうえでなにが問題なのかを考える。

2.事例―老年者を含めたネットワーク構築の試みと問題
本発表の拠点となる辻地域は、1944年の10.10空襲により壊滅した琉球王府時代よりの公設遊郭跡地をもとに、湾岸の埋め立てを繰り返して整備された。第二次大戦後のアメリカ占領下における那覇市街、および那覇港周辺の軍用地化によって、辻地域周辺は長期にわたり立ち入りが禁止された。これによりそれまで遊郭を含む那覇港周辺に居住していた住民は、他地域への移動を余儀なくされる。そして解放後の米軍雇用の拡大、日本本土の高度経済成長により、各地方から那覇への就労を目的とする移住が盛んに行われる。辻地域には、宮古島からの移住者が多く居住し、米軍兵士向けのAサインバーや料亭、ホテルを経営してきた。
辻地域では2008年度8月の時点で1,235世帯、人口を2,464人とし、自治会、青年団、婦人会、老人会が組織されている。現住民も宮古島を中心とした他地域出身者がほとんどであり、彼らの高齢化がこの地域の高い高齢化率を支えるような形となっている。また、辻地域に限られたことではないが、移住にあたって血縁や地縁を頼った者が多いため、母村の親族関係が継続されているだけでなく、同郷者同士の強い結束にしたがって郷友会が結成されている[菅沼2012]。
戦後まもなく辻地域に移った者は、上述したように飲食店や宿泊業を一家で経営するケースがほとんどであったため、土地を求め家屋を建築し居住している。一方、立ち並ぶコンクリート製の住宅は、戦後間もなく建設されたものが多く、経年による老朽化のため、家賃の安いアパートとなっているものが多い。この地域のアパートに単身で世帯を構える老年者は、出身地を離れ、親族との離別・死別、同居への遠慮により独居を余儀なくされるケースが中心である。
本調査では、沖縄県都市部に位置する滞在型低賃貸アパートに居住する二人の老年者への参与観察から、彼らと他居住者及び地域との間で構築される社会関係の実状を調査・分析した。インフォーマントが居住するアパートは短期滞在型であり、沖縄県内での就労・移住を目的としその足掛かりとして入居する若者層の居住者が多い。そのため居住者の入れ替わりは激しく、居住者の匿名性が非常に高い。
調査の結果、社会関係は構築されているものの、当人の生活基盤である居住するアパートの性質に影響を受けることが明らかになった。すなわち、同郷者集団を構成しているという地域の性質は、地域単位で設置されている福祉サービスでの交流を困難にするため、はじめから選択肢に入れられていない。また、若者層の移住や就労の足がかりとして利用されるというアパートの特性によって、独居老年者に限らず社会関係は制限・短期間で更新され、あるいは本人の判断によって切断されるのである。
老化の過程や老年者の社会関係についての研究は、これまでの議論では社会関係構築の度合いや範囲に関する問題、また、労働―仕事の文脈による定年退職というきっかけによる社会関係の変化に注目する視点が中心であった[たとえば片多2004、副田1986]。しかし、とりわけ社会関係構築の実践自体を取り上げると、福祉サービス利用者が形成する集団性と、地縁と血縁を重視し、しかも両者がからみあう沖縄の社会構造からこぼれおちる老年者、今回の調査結果から示された。

3.まとめ
老年者の生活を支える上での孤立の解消・精神的扶養の一助のための、地域関係・友人関係によるコミュニティやサポートの必要性は先行研究において示されている[たとえば石嶺1989、當山・戸田・田場2003]。沖縄においてこれらは、以前は血縁・地縁によって支えられる社会的役割や精神的扶養に求められてきた。しかしながら、高齢化や独居世帯の増加によって、老年者をめぐる従来的な社会関係の維持と新たな関係の構築は困難となり、さらに、老年者が社会に現れる場面を覆い隠してしまう福祉制度の性質によって、老年者個人は社会から不可視の存在となる。さらに本発表の事例の場合、居住する地域やアパートの性質によっても、他者との交流から関係を構築することが困難である。他者との関係なしに、老年者が社会に接合されるのは難しい。
以上、本研究で示された結果を、老年者と社会との接合を目指すにあたっての一つの問題提起としたい。

参考文献
石嶺育子
1989「老人のモラールに関連する要因についての研究―対人関係を中心に―」琉球大学医学部保健学科修士論文。
猪瀬浩平
2005 「空白を埋める―普通学級就学運動における『障害』をめぐる生き方の生成」『文化人類学』70(3): 309-326。
片多順
 2004 「『老いの人類学』研究史」『老いの人類学』、青柳まちこ(編)、世界思想社: 223-241。
菅沼文乃
2008「生きがいの人類学―生きがい推進事業における高齢者の実践から」『南山考人』(36)5-14。
2012「宮古移住民の「故郷」と精神的帰属の変化―移住第一世代の定住化の側面から」『南山考人』 (40) 3-16。
當山富士子・戸田圓二郎・田場真由美
2003「へき地山村に居住する独居高齢者の“生活の術”」『沖縄県立看護大学紀要』4:79-85.
副田義也
 1986 「現代日本における老年観」『老いの発見2 老いのパラダイム』伊東光晴ほか(編)、岩波書店:83-110。
Chudacoff, Howard P.  1992 How Old Are You?: Age Consciousness in American Culture. Princeton Univ Press.



私の戸惑い、居心地の悪さを解消するための道のり―臨床での看護師と患者の接合部分に関する事例研究
 中部大学 大谷かがり

1. 本発表の問題意識
 私は看護学校を卒業して、静岡県内にある総合病院の慢性期ケア病棟に勤めていた。そこには癌を患う患者が多く入院していた。私は患者の話を聞くのが好きで、仕事の合間を縫っては患者の話を聞いた。中でも乳がんを患う女性の経験は、同じ女性として大変身につまされ、彼女たちの思いに共感した。
 しかし、戸惑い、その場に居づらいような、どうしたらいいのかわからないような居心地の悪い思いをすることもあった。私は、それは彼女たちの経験の内面にある日常的、多義的な意味を知らないからではないかと推測した。そして、患者のライフヒストリーからその人の乳がんを患う経験を考えれば、その意味を知ることができるのではないかと考え、ある乳がん患者であるAさんのライフヒストリーの聞き取りをおこなった。ライフヒストリーの聞き取りをすすめるなかで、彼女と私の関係性に変化が生じ、彼女の行動によって私は看護師でいられなくなった思われ、戸惑いを感じ、動揺した。このような戸惑いと動揺をどのように捉えたらよいのか。

2. 乳がん患者の看護学研究
 乳がん患者数は年々増加傾向にあり、日本乳がん学会の全国乳がん患者登録調査によると、2009年は約41,000人が罹患している。このうち男性の罹患数は150名(0.5%)であり、圧倒的に女性が多い[日本乳がん学会 2009]。乳がんと診断された女性は、化学療法、放射線療法、手術やリハビリを受けることになる。一般的に癌は5年の間再発しないといったん治療を終了するため、5年一区切りとされているのに対し、乳がんの場合は5年たっても再発のリスクがあるため、治療は10年一区切りとされており、他のがんと比べて2倍もの間乳がんと付き合っていかないといけない。もし再発すると、生きている間は付き合わなければならない。また、女性の象徴である乳房を患うことは女性としてのアイデンティティを揺るがせる
 。このような理由から、乳がん患者の不安や心理的な問題に関する医学や看護学研究が数多くみられる。
 1970年代は事例研究が多く見受けられるが(たとえば大久保[1975]など)、1980年代に入ると、患者たちの情報から患者の認知や行為の局面を収集して分類、構造化して、患者の心理的な問題とその法則性を見出す研究が現れる。たとえば尾沼ら[1986]は、STAIという不安の測定用具を用いて患者の不安の構成要素を分析している。
 1990年以降になると、乳がんを患い、乳房を切除すると身体的、心理的、社会的な苦痛が生じて乳がん患者のQuality of Life(以下QOLとする) が損なわれるという見解のもと、乳がん患者のQOL向上を目標にした研究が主流となる。90年代以降の研究は、STAIを用いた患者の不安測定[松本ほか 1992][古谷ほか 1992][渡ほか 2000][赤嶺ほか 2001]、聞き取り調査の内容を行動科学的に分析してQOLに影響を与える要因を探求する研究[木原ほか 1992][国府ほか 2002][大堀ほか 2003]、患者の不安やストレスとその対処方法のメカニズムを探る研究[古谷ほか 1992][尾沼ほか 1999][大堀ほか 2000][藤野ほか 1997][渡辺 2001]が主流となる。
 1990年後半になると、治療が一段落した後の、社会生活の中で起こる問題に関心が向く。治療後の心理的問題に関する研究では、治療がひと段落ついた後も患者の心を継続的にサポートしていく必要性があることを強く述べている。たとえば、患者が互いの経験を語り合う中で自分の問題の解決の糸口をつかんでもらうという、乳がん患者のサポートグループに関する研究[広瀬 1997][神谷ほか 2000][広瀬ほか 2001[小池ほか 2003]や、乳がんを患う経験について聞き取り、そこから患者の行動や感情を拾い上げて分類し、患者にとって乳がんを患うということはどういうことかを探求する研究[水野 1998][八木 2002]などがある。
 以上、乳がん患者の不安や心理的な問題に関する先行研究を発表年別に大まかに概観したが、研究の視点は、聞き取り調査から患者の不安やストレスなどの内容を明らかにすることから、聞き取り調査やアンケート調査をもとに得たデータから不安やストレスが起こる過程やそれらを構成する要素を明らかにすることへと移行していく。また、病期に言及すると、1990年代前半までは乳がんの初期治療(診断されてから手術、化学療法、放射線治療を受ける最初の一区切り)に焦点を当てて研究していたが、90年代後半から初期治療を終えた後までを対象とするようになった。

3. 本発表の目的
 しかし、これらの研究は、私の前述の戸惑いと動揺とは異なることについて論じてきたように思われる。言い換えれば、先行研究は、患者にとっての経験へと踏み込んでいったが、その経験の生じる場のひとつである臨床での看護師と患者の関係性そのものが主題とされることはなかった。
 このような問題意識を踏まえて、本発表では、ある乳がん患者のライフヒストリーの聞き取りと聞き取りを通した私自身の感情と思考の変化を事例として、看護と看護を取り巻く人びとの関係性とその変化を記述し、そのような変化がどのように生じていたのかを分析する。このような記述と分析によって、患者だけでなく、患者に接する看護師も含めた事例研究の可能性を提示する。

参考文献
 PLUMMER, Ken
  2001  Documents of Life 2. SAGE Publications Ltd.
 プラマー、ケン
 1991 『生活記録の社会学』原田勝弘他監訳、光生館。
 桜井厚
  2001 『インタビューの社会学』、せりか書房。
 菅野晴夫
  1997 「日本におけるがんの歩み」『日本がん看護学会誌』11(1):9-14。
 福富隆志
 2001 『乳がん診断マニュアル第二版』メジカルビュー社。
 The Japanese Breast Cancer Society, Shinzo KOBAYASHI, Mamoru FUKUDA
 2002  Results of questionnaires concerning breast cancer surgery in Japan: An update in 2000. Breast Cancer 9(1):1.
 大谷かがり
  2006 「乳癌を患う女性の経験」中京大学大学院社会学研究科院生論集第5号:39-54。
  2011 「書評:池田光穂著『看護人類学入門』」、『文化人類学』76(3): 356-360。
 尾沼美智子,多田昭栄,寺尾紀子
 1986「STAIによる乳癌患者の不安調査」臨床看護 12(11):1702-1705。
 大久保キヌ
 1975「乳がん患者の精神的変化の考察」看護技術20(15):107-11。
 松木光子,三木房枝,越村利恵他
 1992「乳癌手術患者の心理的適応に関する縦断的研究(1)―術前から術後3年にわたる心理反応―」日本看護研究会雑誌 15(3):20-28。
 古谷知恵,片山徳子
 1992「乳がん手術患者の心理的反応」月刊ナーシング 12(4):44-51。
 渡玉江,星山桂治,川口毅
 2000「乳がん患者の心理的適応過程と関連要因の解明に関する縦断的研究 乳房温存術と乳房切除術の比較」がん看護 5(6):509-516。
 赤嶺依子,具志堅美智子,池原香織他
 2001「乳癌術後患者の不安と対処行動の関連性―STAIとCISSによる検討―」母性衛生42(4):798-805。
 木原真市,松岡聖子,谷口まり子他
 1992「乳房切除術患者の意識 乳癌患者に影響を及ぼす言動」日本看護研究会雑誌 15(6):73-83。
 国府浩子,井上智子
 2002「患者による乳房切除術か乳房温存術かの選択に影響を及ぼす要因に関する研究」日本がん看護学会誌 16(2):46-55。
 大堀洋子,佐藤紀子
 2003「乳がん再発患者の生活の質(QOL)に関する研究―積極的に生活を整えている3名によって語られた内容からー」日本がん看護学会誌 17(1):35-41。
 古谷知恵,片山徳子
 1992「乳がん手術患者の心理的反応」月刊ナーシング 12(4):44-51。
 尾沼奈緒美,佐藤禮子,井上智子
 1999「乳がん患者の自己概念の変化に即した看護援助」日本看護科学会誌 19(2):59-67。
 大堀洋子,森山道代,佐藤紀子
 2000「乳癌術後の患者の気持ちの変化と対処行動―外来で補助化学療法を受けている患者へのインタビューの結果からー」日本がん看護学会誌14(1):53-59。
 水野道代
 1998「がん体験者の適応を特徴づける認識の構造」日本がん看護学会誌 12(1):28-40。
 藤野文代,大野絢子
 1997「乳癌患者の危機のプロセスと心理的適応に関する研究」群馬保健学紀要 18:55-60。
 渡辺孝子
 2001「乳がん患者の心理的適応に関連する要因の研究」日本がん看護学会誌 15(1):29-39。
 広瀬寛子
 1997「乳癌患者のための短期型サポートグループに参加した人の体験の意味」人間性心理学研究15(1):83-95。
 神谷昌枝,福井小紀子,小池眞規子他
 2000「乳がん患者に対する心理社会的介入:無作為化比較試験」乳癌の臨床15(6):750-751。
 広瀬寛子,久田満,青木幸昌,一鉄時江他
 2001「術後乳がん患者のための短期型サポートグループの機能に関する質的研究 グループ・プロセスの分析を中心に」がん看護6(5):428-437。
 小池眞規子,福井小紀子,神谷昌枝他
 2003「がん患者に対する心理教育的介入の有効性の検討」目白大学人間社会学部紀要3:35-50。
 八木彌生
 2002「乳がん患者が病う経験の意味」奈良女子大学大学院人間文化研究科人間文化研究科年報18:279-289。

資料
 日本乳がん学会
  2009 「全国乳がん患者登録調査報告書」


高齢者の転倒問題とストレスとしての転倒恐怖感
 転倒予防対策とは異なるアプローチの可能性について考える


中部大学生命健康科学部保健看護学科
 名古屋市立大学大学院看護学研究科博士後期課程  梅田 奈歩

はじめに
 高齢者の転倒に対する対策として、身体能力を維持するための運動療法を中心に、生活環境の調整から施設における管理体制の改革など地域や施設の現状に応じて、多面的な取り組みがなされている。このような取り組みは一定の効果をあげていることから是認されるものであるが、その一方で転倒予防対策を推進しても高齢者の転倒は現状のしくみでは完全には防げるものではないともいわれている(武藤 2010)。
 本発表の目的は高齢者の転倒予防をめぐる理想と現実から生じる齟齬としての転倒恐怖感に着目し、その対処として転倒予防とは異なるアプローチの可能性について検討することである。

1.      高齢者の転倒問題の現状
 わが国の地域在住の高齢者の転倒発生率(過去1年間の対象集団の延べ人数に対する発生した転倒の件数の割合)は10~25%、施設に入所している者は、施設によって差はあるが10~50%であると報告されており、このうち約半数には何らかの外傷が生じているといわれている(荻野
  2012)。頻度が高く重篤である大腿骨頚部骨折が生じた場合には、第一選択として手術療法が行われるが、入院・治療過程で安静を強いられることから骨折部位以外の身体機能、例えば肺炎や床ずれなどを引き起こすリスクも高くなる。また、手術後にリハビリテーションを行っても転倒前と同じ歩行の状態に戻ることは難しい。わが国では要介護に至った原因の9.3%を転倒・骨折が占めている(平成22年度国民生活基礎調査)。高齢者の転倒は当事者である高齢者のQOL(quality of
  life;生活の質、生命の質)を低下させるだけでなく、医療費負担や要介護人口の増加をまねくといった社会的な状況をも生み出している。言い換えれば、転倒は当事者の問題でありながら、同時に社会問題でもあるという二重の在り方をしているといえる。また、転倒は健康障害の原因であると同時に「転ぶくらい身体機能が弱っている」といえることから健康障害の結果であるとも考えられ、健康のリスク指標のひとつにもなっている(武藤 2010)。

2.      転倒予防という考え方と転倒予防対策が抱える課題
 転倒が当事者の健康問題であると同時に社会問題でもあるという状況は転倒という事象を「発生すること自体が望ましくないもの」とみなす社会を生み出している。その結果、転倒自体を未然に防ぐ(転倒予防)のための対策が地域や施設で盛んに推し進められている。そもそも転倒予防対策は高齢者個々に存在している転倒のリスク要因に何らかの介入をすることで転倒を回避するという考え方からなる。
 しかし、高齢者の転倒は単独の要因によって生じるものではなく歩行能力やバランス機能といった高齢者側の「個の要因」と道路や施設などの構造、施設におけるケアの方法や管理体制といった「環境の要因」が組み合わさって生じている。つまり、それらの要因の組み合わせは多数あり、すべての要因を的確に予測することは事実上困難であり、個別のケースに対応したオーダーメイドの転倒予防対策の実現は至難の業であるといえる。
 こうしたことから、近年、高齢者の転倒には「介入により防ぐことのできる転倒」と「現状のしくみでは防ぐことのできない転倒」の二種類がある(武藤 2010)ということが明言されている。しかし、実際に施設で転倒が発生した場合に「防ぐことのできない転倒」であったか否かを現場のケアスタッフが判断することは難しく、当事者である高齢者にはさらに困難である。
 つまり、転倒の無数の要因を十全に予測することが困難であること、さらに「防ぐことのできない転倒」という認識が十分に浸透していないことから、高齢者の転倒は高齢者自身と高齢者を支える周囲の人々を同時に苦しめている「厄介な存在」となっている。

3.      転倒恐怖感の出現
 このような転倒をめぐる状況によって、一部の高齢者は転倒に対して恐怖感や不安感(以下;転倒恐怖感)が生じ、外出などの転倒しそうな活動を過度に抑制しているといわれている(Tinetti 1993, 新野 2010)。極端な活動制限は高齢者の身体機能を低下させ、転倒のリスクが高まるという悪循環を引き起こすとともに閉じこもりに移行するケースもあるといわれている。また、転倒で入院している高齢者にとって転倒の経験は痛みや外傷体験としてとらえられており(平ほか2002)、地域在住の高齢者では転倒恐怖感はネガティブな経験としてだけではなく、無能さ(incapacitation)や依存のおそれ(fear of dependence)、家を離れなければならないこと(having to leave their home)と結びつけられて語られていた(Lee et al.
  2008)。これらの研究から、高齢者にとって転倒は、単に転ぶということにとどまらず、自らの置かれた状況にまつわる何らかの要素によって、脅威を与える存在になっていると考えられる。

4.      ストレスとしての転倒恐怖感と新たな対処アプローチの可能性
 こうした高齢者の転倒恐怖感についての研究を踏まえて、発表者は心理学者であるラザルス(1984,1999)のストレス-対処(コーピング)理論を援用して転倒恐怖感を高齢期のストレスとする仮説を立てて研究を行っている。ラザルス(1984,1990)は(心理的)ストレスとは「ある個人の資源に何か重荷を負わせるような、あるいはそれを超えるようなものとしての評価された要求である」と定義しており、対処に関しては問題解決型と情動焦点型のふたつのアプローチを提示している。発表者の研究仮説は高齢者が転倒にまつわる出来事に対して何らかのストレスが生じた場合に恐怖感が生じ、対処行動のひとつとして転倒しそうな活動を抑制していると位置付けている。この場合、過度な活動抑制は不適切な対処であ
 るともいえるため、適切な対処行動を導くという視点から転倒問題に対する新たなアプローチの可能性が開かれると考えられる。
 また看護学者であるベナーとルーベル(1989)はラザルスの考え方から着想を得て現象学の見地からストレスと対処について論じている。「人が何をストレスと感じそれにどう対処しうるかはその人の気づかい(caring)のありようによって決まる」としながらも、対処についてはラザルスとは異なる見解を示し、「ストレスに対する解消策のことではない」と述べている。「人がこの状況を切り抜けて新しい現実に到達しようと思うなら、そうした感情はそれとして承認しなければならない」として「(看護の対象が)いかなる関心をもち、どのような世界を生きているのか」を解釈する者としての医療従事者の役割を示している。つまり、ストレスによって生じた恐怖感を当事者の生活や関心のなかで位置づけ解釈し
 、対処行動を導くことを「気づかい」として捉えている。発表者の関心にひきつけていえば、高齢者が何に関心をもちながら転倒にまつわる世界を生きているのかを「気づかう」というアプローチの可能性が示されているといえる。

5.      本発表で目指すもの
 本発表はまず高齢者の転倒と対策についての現状を概観し、発表者の臨床看護師時代のエピソードも交えて紹介ながら高齢者の転倒という「厄介な存在」の不可思議さについて確認していく。転倒恐怖感にストレスという概念を適用した発表者の研究の中から地域で暮らしている高齢者は「転倒」にどのような脅威を持っているのかという研究結果(梅田
  ほか2011)を提示する。さらに高齢者が「転倒」とどのように距離を取り、向き合い、折り合いをつけているのかという事例を紹介し高齢者が何に関心をもちながら転倒にまつわる世界をどのように生きているのかについての一端を明らかにする。最終的には高齢者の転倒問題に対して転倒予防とは異なる新たなアプローチの可能性について検討し、現行の転倒予防対策と相補的に活用していくことの意義についても述べたい。

文献
 梅田奈歩、山田紀代美
 2011 「地域高齢者の転倒に対する脅威の構造;年代及び老性自覚と転倒の脅威との関連についての検討」老年社会科学 33(1):23-33
 荻野浩
 2012 「リハ医に役立つベーシック老年医学 15高齢者の転倒対策」、JOURNAL OF CLINICAL REHABILITATION 21(3):272-277
 平真紀子、泉キヨ子、河村一海 他
 2002 「入院高齢者の転倒経験とその後の予防のとらえ方」、日本看護研究学会雑誌25(2):17-28
 Tinetti  ME, Powell  L
 1993 Fear of falling and low self-efficacy, A cause of dependence in elderly persons, J Gerontol 48 : 35-38
 新野直明
 2010 「転倒の心理的影響;転倒恐怖感に関する疫学的検討」老年社会科学第52回大会報告要旨号32(2):144
 ベナー P、ルーベル J
 1989「現象学的人間論と看護」難波卓志訳、医学書院
 武藤芳照
 2010 「ここまでできる高齢者の転倒予防-これだけは知っておきたい基礎知識と実践プログラム-」、日本看護協会出版会
 ラザルス R.S.
 1990 「R.S.ラザルス講演 ストレスとコーピング-ラザルス理論への招待」林 峻一郎 編・訳、星和書店
 Lazarus R.S.
 1991 Progress on a cognitive-motivational-relational theory of emotion, American Phychologist 46 : 819-834
 Lazarus R.S.
 1984 「ストレスの心理学‐認知的評価と対処の研究‐」本明寛、春木豊、織田正美監訳、実務教育出版
 Lazarus R.S.
 1999 「ストレスと情動の心理学;ナラティブ研究の視点から」本明寛監訳、実務教育出版
 Lee F, Mackenzie L, James C
 2008 Perceptions of older people living in community about their fear of falling, Disability and Rehabilitation, 30(23) : 1803-1811
 厚生労働省、平成22年国民生活基礎調査の概況http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa10/4-2.html

2012年6月9日土曜日

第12回まるはち人類学研究会 合評会 足立重和 『郡上八幡 伝統を生きる 地域社会の語りとリアリティ』のお知らせ

皆様

短夜のみぎり、益々ご健勝のことと存じ上げます。

第12回まるはち人類学研究会開催が決定し、プログラム等の詳細が決まりました。
期日が近く、お忙しい時期とは思いますが、皆様誘い合わせの上ご参加ください。






まるはち人類学研究会 第十二回研究会

日時:2012年6月30日(土曜日)
会場:南山大学人類学研究所一階会議室
http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html


合評会

足立重和
(追手門学院大学社会学部教授)
『郡上八幡 伝統を生きる 地域社会の語りとリアリティ』(2010年、新曜社)


日程

趣旨説明 13:30-13:35
自著解題 13:35-14:15
足立重和(追手門学院大学社会学部教授)
コメント 14:15-15:15
石川俊介(名古屋大学大学院文学研究科博士研究員)
川田牧人(中京大学現代社会学部教授)
休憩   15:15-15:30
質疑応答 15:30-17:00

2012年4月14日土曜日

第11回まるはち人類学研究会 「身体的な〈問題〉の生じる地点——学問と現場、それぞれで線を引く」のご案内

みなさま

花の便りもあちこちで聞かれる時候になってまいりました。

本年度もまるはち人類学研究会へのご参加をお待ちしております。
さて、第11回研究会の開催が決定し、プログラム等の詳細が決まりました。

期日が近く、お忙しい時期とは思いますが、皆様誘い合わせの上ご参加ください。


まるはち人類学研究会
第11回研究会「身体的な〈問題〉の生じる地点——学問と現場、それぞれで線を引く」

日時:2012年4月28日(土曜日) 14:00~17:15

場所:南山大学人類学研究所1階会議室

14:00-14:05 企画趣旨説明

14:05-14:55 発表1「ブルデュー引用小史——身体的/物質的(physical)〈問題〉への帰着と逆説」
中尾世治(南山大学大学院人間文化研究科人類学専攻博士後期課程)

14:55-15:45 発表2「「喘息の予防接種はありますか?」——保見団地のブラジル人は何を子どもの健康問題だと認識しているのか」
大谷かがり(中部大学生命健康科学部保健看護学科助手)

15:45-16:00 休憩

16:00-16:15 コメント
斉藤尚文(中京大学現代社会学部教授)

16:15-17:15 討論



<企画趣意>
身体的な〈問題〉の生じる地点――学問と現場、それぞれで線を引く

 日本語で書かれたものだけでも身体論は膨大なものにおよぶ(たとえば、市川1984; 川田1988; 菅原1993; 河合1998; 福島1995; 野村1996; 野村・菅原1996; 野村・市川1999; 野村・鷲田2005; 市野川2000; 鷲田2006; 荻野2006; 菅原2007; 石川2007; 市野川2007; 倉島2007; 浮ヶ谷2010など)。乱暴に見立てをすれば、身体による表現のレベル(身体加工、身体動作、身体技法)、言語的表現のレベル(身体の象徴)、社会と権力のレベル(身体の管理と抵抗)で論じられている。これを言い換えれば、身体は、自然と文化の中間、人間と物質の中間、言語と非言語の中間、社会と個人の中間、自己と他者の中間、所有と非所有の中間、あるいは、制御と制御不能の中間に位置するものとして、その両者に揺れるものとして論じられている。揺らぎやせめぎあいやかけひき、饗応や交感や混淆や学習のなかに、つまりさきにあげた様々な中間のなかに身体は位置づけられよう。そして、この中間にわけいればわけいるほど、差異は微分されていくように思われ、身体論は無限に反復し、展開していくであろう。
上記に挙げた諸研究の意義や可能性、ひきつぐべき内容をここで詳らかにはしない。見立てによっては、本企画に類似した諸研究を見出すことも可能であろう。しかし、本企画では、さきの見立てにそっていえば、種々の中間で混ざり合わせるのではなく、中間に線引きをすること、このことをめざす。どのように、社会と個人、制御と制御不能の中間に線が引かれるのか。線を引くことで、どのように身体が対象化されるのか。これらを問いたい。その意味で、あえて原初的にいえば、身体が〈問題〉となる地点を主題化する。網羅的に論じることは到底できないが、本企画では、身体が〈問題〉となる、学問と現場の二つの局面から複眼的に論じていきたい。
中尾は、日本の文化人類学におけるブルデューの引用のされ方を論じていき、どのようにして、身体と物質(モノ、マテリアリティ)が〈問題〉として、近年の日本の文化人類学のなかで焦点化されてきたのかを明らかにする。そのうえで、ハビトゥス、実践、エージェンシーといったキーワードに、矛盾するような内容を含み、あらゆる事象を包含していくようなレトリックのインボリューションが生じていることを指摘する。そして、こうしたレトリックのインボリューションに抗するためには、実証可能な問いと実証不可能な問いの中間に線を引き、問われるべき〈問題〉をあらためて明確にする必要があることを論じる。
大谷は、保見団地のブラジル人の健康がいかにして現場で〈問題〉となるのかを論じる。看護師として加わった、ブラジル人の子どもの健康相談会を事例として、相談にきたブラジル人が話す健康の問題と看護師としての大谷が捉える健康の問題とにズレがあることを明らかにする。ここでは、看護師の捉える、身体の問題と、参加した人たちの捉える、健康問題とのあいだに、あえて線を引き、それぞれの捉える〈問題〉がどのようなコンテクストで生じてきたのか、いかにして共有されてきたのかを論じる。

文献目録
石川准編
  2007 『脈打つ身体』、岩波書店
市川浩
  1984 『「身」の構造: 身体論を超えて』、青土社
市野川容孝
  2000 『身体/生命』、岩波書店
市野川容孝編
2007 『交錯する身体』、岩波書店
浮ヶ谷幸代
  2010 『身体と境界の人類学』、春風社
荻野美穂編
  2006 『資源としての身体』、岩波書店
河合香吏
  1998 『野の医療――牧畜民チャムスの身体世界』、東京大学出版会
川田順造
  1988 「身体技法の技術的側面」『社会人類学年報』14: 1-41
倉島哲
  2007 『身体技法と社会学的認識』、世界思想社
菅原和孝
  1993 『身体の人類学: カラハリ狩猟採集民グウィの日常行動』、河出書房新社
菅原和孝編
  2007 『身体資源の共有』、弘文堂
野村雅一
  1996 『身ぶりとしぐさの人類学: 身体がしめす社会の記憶』、中央公論新社
野村雅一・菅原和孝編
  1996 『コミュニケーションとしての身体』、大修館書店
野村雅一・市川浩編
  1996 『技術としての身体』、大修館書店
野村雅一・鷲田清一編
  2005 『表象としての身体』、大修館書店
福島真人
  1995 『身体の構築学 : 社会的学習過程としての身体技法』、ひつじ書房
鷲田清一編
  2006 『夢みる身体』、岩波書店





<発表者要旨>


ブルデュー引用小史――身体的/物質的(physical)〈問題〉への帰着と逆説


南山大学大学院人類学専攻博士後期課程 中尾世治



 本稿は、日本の文化人類学におけるブルデューの引用のされ方の歴史を出発点として、物質的・身体的(physical)次元がいかに対象とされたのかを検討し、人類学が何を〈問題〉としてきたのかを明らかにする。そして、人類学の理論研究が何をめざしうるのか、その潜在性をしめしたい。言い換えれば、ブルデューの用いられ方に着目して、80年代以降の日本の文化人類学の学説史研究をおこない、80年代以降の用語群を相対化することを目的としている。
 本稿は、ふたつのナイーブな問題意識に憑かれている。
ひとつは、人類学の学説史を進歩・発展史観ではないかたちで語ることは可能かという問いである。ありていにいえば、現在の研究を過去の研究の最先端や頂点ではないものとして捉えることは可能であろうか。このような問題意識の基礎づけとしては、フーコーの人文諸科学のエピステモロジー(フーコー1974)やクーンのパラダイム論(クーン1971)をあげれば十分であろう。しかし、本当に、現在の研究を過去の研究からの発展としてではなく捉えられるであろうか。
 もうひとつは、人類学はいったい何を〈問題〉としているのかという問いである。実践、エイジェンシーなどといった語を用いて、いったい何を語っているのだろうか。言い換えれば、人類学とは何かではなく、人類学の〈問題〉とは何か、ということを問いたい。素朴で、不遜な問いであると思う。人類学学徒として、近年の日本の文化人類学の用語を、意識的に忘れる/学びほぐす/何もわからなくする(unlearn)試みを通じて、学び直したいと考えている。
 もちろん、人類学全体を論じることはできない。対象の限定をおこなう。本稿では、日本の文化人類学を主たる対象とし、特にブルデューの引用に着目する。なぜブルデューなのか。簡潔に述べておこう。ブルデューは『文化を書く』以前から引用され、以後も頻繁に引用され、日本の文化人類学では「流行」と呼びうるほどの引用がなされている。ブルデューへの批判が定式化された後も、その定式化のうえにいくつかの概念形成がなされた。そして、ハビトゥス、実践という語は、ブルデューから直接的・間接的に日本の文化人類学の数多くの文献に伝播している。これらの点において、ブルデューは特異な存在であり、その引用に着目することで80年代以降の日本の文化人類学のひとつの側面を明らかにしうると考えている。

文献目録
猪瀬浩平
  2005 「空白を埋める――普通学級就学運動における「障害」をめぐる生き方の生成」、『文化人類学』70: 309-326
太田好信
  1993 「文化の客体化――観光をとおした文化とアイデンティティの創造」、『民族学研究』57: 383-410
大塚和夫
  1983 「下エジプトの親族集団内婚と社会的カテゴリーをめぐる覚書」、『国立民族学博物館研究紀要』8: 563-586
春日直樹
  1991 「フィジーの一村落における文化の動態」、『民族学研究』55: 357-379
クーン、T.
  1971 『科学革命の構造』中山茂訳、みすず書房
関根康正
  1986 「タミル社会のケガレ観念の諸相――ヒレルキーと主体性の相克の場所」、『民族学研究』51: 219-247
田中雅一
  2006 「ミクロ人類学の課題」、『ミクロ人類学の実践――エージェンシー/ネットワーク/身体』: 1-39、世界思想社
  2009 「エイジェントは誘惑する:社会・集団をめぐる闘争モデル批判の試み」、『集団』: 275-292、京都大学学術出版会
田辺繁治
  1989a 『人類学的認識の冒険』、同文館
  1989b 「民族誌記述におけるイデオロギーとプラクティス」、『人類学的認識の冒険』: 95-119、同文舘
  1997 「実践知としての呪術――北タイにおける憑依の身体技法覚書」、『民族学研究』62: 394-401
  2002a 「再帰的人類学における実践の概念――ブルデューのハビトゥスをめぐり、その彼方へ」、『国立民族学博物館研究報告』: 533-573
  2002b 「日常的実践のエスノグラフィ――語り・コミュニティ・アイデンティティ」、『日常的実践のエスノグラフィ――語り・コミュニティ・アイデンティティ』: 1-39、世界思想社
田森雅一
  1998 「都市ヒンドゥー命名儀礼における主体構築と命名慣習の変容」、『民族学研究』63: 302-325
西井凉子
  2006 「社会空間の人類学――マテリアリティ・主体・モダニティ」、『社会空間の人類学――マテリアリティ・主体・モダニティ』: 1-31、世界思想社
フーコー、M.
  1974 『言葉と物――人文科学の考古学』渡辺一民・佐々木明訳、新潮社
堀内正樹
  1984 「研究動向 中東民族誌の展開」、『社会人類学年報』10: 189-203
三浦敦
  1989 「フランス農村における親族」、『民族学研究』54: 198-208
宮治美江子
  1983 「パリのアルジェリア人移住労働者 家族の適応と社会的ネットワーク」、『民族
学研究』48: 275-310
  1985 「アシューラ Ašùra祭礼の多義的性格とマグリブ文化」、『民族学研究』49:
381-387
森田敦郎
  2003 「産業の生態学に向けて――産業と労働への人類学的アプローチの試み」、『民族学研究』68: 165-188
  2007 「機械と社会集団の相互構成――タイにおける農業機械技術の発展と職業集団の形成」、『文化人類学』71: 491-517
モハーチ、ゲルゲイ
  2008 「差異を身につける――糖尿病薬の使用にみる人間と科学技術の相関性」、『文化人類学』73: 70-92
モーラン、ブライアン
  1989 「美術・陶芸・社会人類学の価値観について――日本の陶芸を人類学的に観察する」、『民族学研究』54: 310-321







「喘息の予防接種はありますか?」-保見団地のブラジル人は何を子どもの健康問題だと認識しているのか



中部大学 大谷かがり

はじめに


1980年代後半から自動車関連企業の労働力として日系人が豊田市内の工場で働くようになった。1990年の出入国管理及び難民認定法の改定後、豊田市内やその周辺の製造業に従事するブラジル人が増え、保見団地に集住するようになった。1990年以降、特別在留資格によって日本で働く日系人の労働や暮らしに関する研究は、ブラジル人の就労形態、NPOやボランティアによるブラジル人の子どもの教育への支援活動を分析し、地域とのつながりが希薄なマイノリティであるブラジル人について論じ、ブラジル人が定住するのか否かについて議論してきた。
しかし、保見団地でフィールドワークをしているとき、ブラジル人の友人と話しをしているとき、いつも「ブラジル人が定住するのか否か」がひっかかった。この人たちは定住するか否かということを意識して生活しているのだろうか?自分たちのことをマイノリティだと考えているのだろうか?研究での議論が当事者の感覚と乖離していないだろうか?
私は2003年から外国人医療支援グループのメンバーである。このグループは豊田市内の在住外国人の健康をサポートするために健康相談、ワークショップ、現状調査などを行っており、2004年から保見団地でブラジル人学校の児童・生徒を対象にした健康相談会を実施している。2004年に初めて健康相談会に参加したとき、私は看護師であるので問診を担当した。問診とは、医師の診察の前に、患者に病状、既往歴、家族歴、日常生活などを聞くことをいう。そこで私は、昼夜逆転し、テレビゲームに夢中な肥満の子ども、働きすぎが原因で尿路感染症に罹り尿が緑色な子ども、小学校入学前の年齢であるにもかかわらず精神疾患を患う子どもなどを目の当たりにして、なんという不健康な状態なのかと大変驚き、そのような現状に悩む保護者の姿に、私にできることはないだろうかと考えた。このことがきっかけで、保見団地のブラジル人の子どもの健康を調査するために、2005年から保見団地でフィールドワークをはじめた。
フィールドワークを通じて見えてきたのは、看護師大谷が問題だと思ったところと、ブラジル人が問題だと思ったところが必ずしも同じではないということであった。保見団地では、看護師大谷が「なんでそれが問題か?」と思うことも健康の問題となっていた。また、「なんでそれを問題にしないの?」ということも多々あった。
第3回まるはち人類学研究会「健康を相対化する」では、ブラジル人と日本人が健康について話し合う場を設け、健康で暮らすために必要な情報をブラジル人コミュニティに発信し続けている外国人医療支援グループの活動を事例にして、世界保健システム論(池田 2001)からブラジル人の子どもの健康とその問題をめぐる人びとの実践について考えた。行政の視点から住民の健康をみてみると、行政上の「市民」とならないと健康政策に乗ることができない。しかし市民となっても広報などで主体的に健康を獲得していかないと行政から「見えない存在」となってしまう。外国人登録の制度上、必ずしも豊田市の行政上の市民とはなっていないブラジル人も多く存在する保見団地のブラジル人コミュニティでは、日本語の読み書きが苦手なブラジル人が多く、彼らはコミュニティ通訳者やブラジル人学校の教員から豊田市での暮らしに必要な情報を手に入れている。第3回の発表では、外国人医療支援グループのメンバー、コミュニティ通訳者、ブラジル人学校の教員がそれぞれの文化をふまえた病気対処行動について話し合い、互いが妥協できるところを探し、日本とブラジルの医療文化が混在した病気対処行動をコミュニティに蓄積していく過程を分析した。
本発表では、看護師大谷が問題だと思ったところと、ブラジル人が問題だと思ったところが必ずしも同じではないということ、看護師大谷がこれは健康問題だと思ったことと、看護師大谷が「なんでそれが問題か?」と思う、ブラジル人にとっての健康の問題について、それぞれのコンテクストを明らかにしたい。そして保見団地における人びとの子どもの健康の問題化と共有の仕方について考えたい。

文献目録
浅川和幸
  2009 「日系ブラジル人労働者の労働と生活: 職場における「みえない定住化」とそのゆくえ」、小内透編『調査と社会理論・研究報告書27 地域生活における外国人と日本人の関係』: 35-49、北海道大学大学院教育学研究院教育社会学研究室
池田光穂
  2001 『実践の医療人類学』、世界思想社
小内透編
  2009 『在日ブラジル人の労働と生活』、御茶の水書房
大谷かがり
  2007 「日系ブラジル人の子どもの健康を守る」、『地域問題研究』74: 2-9
  2008 「日系ブラジル人の子どもたちをめぐる社会空間――日本語教室のある日の出来事から」、『愛知県立大学大学院国際文化研究科論集』9: 355-374
  2009 「日本に暮らす日系ブラジル人の子どもの健康をめぐる人びとの実践」、『共生の文化研究』2: 20-29
  2010 「日系ブラジル人と日本人が「健康」をつくる――外国人医療支援グループの活動を事例として」、『愛知県立大学大学院国際文化研究科論集』11: 225-241
梶田孝道、丹野清人、樋口直人
  2005 『顔の見えない定住化――日系ブラジル人と国家・市場・移民ネットワーク』、名古屋大学出版会
近藤敏夫
  2005 「日系ブラジル人の就労と生活」、『社会学部論集』40: 1-18
都築くるみ
  1999 「外国人受け入れの責任主体に関する都市間比較――豊田市の事例を中心に、大泉市、浜松市との比較から」、『コミュニティ政策学部紀要』2: 127-146
  2001 「外国人との『共生』とNPO――愛知県豊田市H団地を取り巻くNPOの現状と課題」、『コミュニティ政策研究』3: 61-79
  2003 「日系ブラジル人を受け入れた豊田市H団地の地域変容――1990~2002年」、『フォーラム現代社会』2: 51-58
米勢治子
  2007 「外国人集住地域におけるネットワーク形成――あるNPOの活動を通して」、村井忠政編『トランスナショナル・アイデンティティと多文化共生』、明石書店
経済社会総合研究所
  2006 『第25回ESRI――経済フォーラム報告書』

2012年2月13日月曜日

第10回まるはち人類学研究会 修士論文検討会

みなさま

立春を過ぎましたが、寒い日々が続いております。
いかがお過ごしでしょうか。

先日、ご案内を差し上げました第10回まるはち人類学研究会・修士論文検討会につきまして、会場の変更とプログラムをご案内いたします。
みなさま、お誘い合わせのうえ、ご参加ください。

なお、前回、宿泊を伴う合宿として研究会を実施するとご連絡を差し上げましたが、参加希望の方々が少なかったことと、会場の都合で宿泊は見合わせることとなりました。
宿泊をご希望いただきました方には、大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解をいただきたくお願い申し上げる次第です。
どうぞよろしくお願いいたします。

    *  *  *

日時 : 2012年2月17日(金) 13:00~17:40
会場 : 南山大学人類学研究所1階会議室

13:00      開始
13:00-13:10 趣旨・あいさつ・発表者紹介
13:10-14:00 奥村哲也(名古屋大学)
          『観光資源化される民族芸能の伝承に関する研究―沖縄市諸見里青年会の「エイサー」の事例から―』
14:00-14:15 質疑応答
14:15-15:05 中林那由多(南山大学)
          『たばこ喫煙の身体技法―工業製品の民族誌に向けて―』
15:05-15:20 質疑応答 
15:20-15:30 ~休憩~
15:30-16:20 中尾世治(南山大学)
          『物質文化としての史資料の分析に基づく西アフリカ中世史研究への寄与―伝播の考古学的人類学』
16:20-16:35 質疑応答
16:35-17:25 小山剛(名古屋大学)
          『花祭りの伝承母体における青壮年集団の役割についての研究』
17:25-17:40 質疑応答
17:40      終了

2011年11月20日日曜日

第9回まるはち人類学研究会 『経済から宗教をみる―「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究―』のお知らせ

みなさま
 
日に日に、寒さが増していますが、いかがお過ごしでしょうか。
 
このたび、以下の日程で、第9回目の研究会を行うこととなりました。
お誘いあわせのうえ、ぜひ、ご参加ください。
なお、今回は、中部人類学談話会との共催です。
 
  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
日時:2011年12月3日(土曜)13時30分より
場所:椙山女学園大学 星が丘キャンパス 現代マネジメント学部 地階 001教室
(名古屋地下鉄東山線星ヶ丘駅下車 徒歩5分)
 
『経済から宗教をみる―「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究―』
 
13:00 開場
13:30~13:40 「中部人類学談話会とまるはち人類学合同企画」趣旨説明
13:40~13:50 『経済から宗教をみる―「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究―』趣旨説明
13:50~14:40 藏本龍介『〈都市〉を生きる出家者たち―上座仏教社会ミャンマー・ヤンゴンの僧院経営―」
14:40~15:30 清水貴夫『タリベとコーラン学校のモビリティ:ブルキナファソの事例から』
15:30~15:45 休憩
15:45~16:15 コメンテーター(15分×2)
(南山大学人間文化研究科教授 坂井信三、日本学術振興会特別研究員(PD)門田岳久)
16:15~17:00 質疑応答(フロア)
 
   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



経済から宗教をみる
――「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究――

◆本企画の背景:実践宗教研究の系譜
キリスト教・イスラーム・仏教など、いわゆる世界宗教を対象とした学術研究は、長らく文献学的な教義研究がリードしてきた。しかし教義としての宗教と、信徒によって実際に生きられている宗教は異なる。こうした問題意識から1950年代以降、人類学的な世界宗教研究が始まる。「教義」ではなく「実践」を解明すること。これが現在に至るまで、人類学的な世界宗教研究の一義的な目的であるといってよい(cf. Leach ed. 1968)。
それでは実践をどのように分析するか。この問題について、先行研究において重視されてきたのが、信徒の生きる社会的コンテクストである。信徒はそれぞれのコンテクストにおいて、教義を様々に理解・解釈し、実行する。こうした理解から実践は、コンテクストとの関わりにおいて分析されてきた。たとえば初期の研究(1950~80年代前半)において注目されたコンテクストとは、その社会に固有の信仰体系であった。つまり現実に展開している実践は、外来の教義(大伝統)と土着の信仰体系(小伝統)が融合した結果生じたものであると考えられ、両者の構造的な関係の解明を目指すシンクレティズムの議論が盛んであった(ゲルナー 1991; Tambiah 1970など cf. Redfield 1956)。
しかしこのようなアプローチは実践を画一的・図式的なものとしてしか描けない。こうした反省から近年の研究(1980年代後半~現在)においては、政治・産業構造の変化、都市化、近代教育の普及、交通・通信の発展といった大きな社会変動という動態的なコンテクストに注目が集まるようになり、多様で新しい実践がそうしたコンテクストと結びつけられて分析されている。たとえばキリスト教圏における公共宗教の復興(カサノヴァ 1997)、仏教圏における改革主義的な仏教運動の展開(ゴンブリッチ&オベーセーカラ 2002)や仏教儀礼の祭礼化(田辺編 1995)、イスラーム圏における急進的な政治運動の登場(大塚 2000)や、再ヴェール化に代表されるようなイスラーム復興現象(大塚編 2002)などである。
しかしこれらの諸研究は、観察されたミクロな実践とマクロな社会的コンテクストを安易に結びつける傾向にあり、特定の社会的コンテクストからなぜそのような実践が析出するのかという問題を、十分に説明できているとは言い難い。したがって宗教の世俗化/再活性化、個人化/公共化といった相反するイメージが、同じ社会変動というコンテクストによって説明されるという状況になっている。
このようにこれまでの実践宗教研究においては、実践を取り巻く社会的コンテクストが重視されてきたが、そうしたコンテクストが具体的にどのように実践の現れ方を規定しているのか、よくわからない。その原因は、実践とコンテクストの距離が離れすぎているところにあるように思われる。今・ここにおいて、なぜこのような実践が行われているのか。その核心に迫ることができるようなコンテクストの設定、分析枠組みが必要である。


◆本企画の視点:経済から宗教をみる
この分析枠組みとして本企画で提示したいのが、実践を取り巻く経済的な問題に注目するという方法である。ここでいう経済的な問題とは、一言でいえばカネの問題である。現実の社会で活動するためには、様々なモノやカネといった財が必要である。それは宗教実践も例外ではない。教義がどれほど高邁な理想を掲げていたところで、実際に何をどのようにできるかは、経済的な問題に大きく左右されている。その一方で、各宗教には財をどのように獲得・利用すべきかについては、何らかの教義的な制約(経済倫理)がある。つまり宗教的な理想を実現するためには、財と自由に関わっていいわけではない。
ここに宗教実践の大きなジレンマが存在している。つまり教義に固執すれば、経済的な現実にうまく対処できない可能性がある。逆に、経済的な現実への対処を優先すれば、教義を逸脱しかねない。こうした教義的理想と経済的現実のジレンマに、信徒たちは実際にどのように対応しているのか。そしてその中からどのような実践を紡ぎ上げているのか。こうした信徒の日常レベルに生じる経済的な問題こそが、信徒の実践により密接に関わる社会的コンテクストである。このように本企画では、実践を教義的理想と経済的現実のせめぎ合いの中から析出するものとして捉え直し、その実態を解明することを試みる。
このような方法論をとることは、以下の二つの点において人類学的な宗教研究に貢献しうると考える。第一に、経済的な問題に注目することによって、宗教実践のダイナミズムを浮き彫りにしうる。教義というプログラムが、現実の社会においてどのように実行されるかを左右する大きな要因は、【教義的理想⇔経済的現実】というせめぎ合いにある。したがってこのせめぎ合いに対する信徒たちの試行錯誤を描き出すことによって、一つの教義から多様な実践が表出していく原理・メカニズムを理解することができる。
第二に、経済的な問題に注目することによって、宗教と経済の相互関係をより具体的に捕捉しうる。宗教(教義)という観念的領域と、経済という唯物的領域はどのような関係にあるのか。この問題についてはK.マルクスとM.ウェーバーの古典的な議論がある。マルクスは物質的経済的土台である下部構造が、政治的・法的・思想的諸形態である上部構造を規定する、つまり「経済が宗教を規定する」と主張した(マルクス 1956など)。それに対してウェーバーは、宗教は経済に規定されない独自の生命をもち、それゆえに「宗教が経済に影響を与えうる」という発想から、近代における資本主義経済システム誕生という大問題に挑んだ(ウェーバー 1989など)。
しかしこれらのいわばマクロな理論は、現実を生きる信徒そのものへの視点を欠いている。ミクロなレベルからみたとき、信徒の実践は、教義的理想もしくは経済的現実のどちらかに規定されているわけではなく、二つのベクトルのせめぎ合いの中にある。つまり宗教と経済の相互関係は動態的で未決定である。したがって、教義的理想と経済的現実がせめぎ合いの中からどのような実践が析出しているかを具体的に観察することは、こうした宗教と経済の複雑な相互関係の一端を解明する一助となるだろう。


◆本企画の目的・方法:「宗教組織の経営」に注目する
経済に注目して宗教実践をみるという試みを行うにあたって、本企画で具体的に取り扱うのは「宗教組織の経営」という問題である。信徒個人ではなく、信徒集団としての宗教組織に注目するのは、その方が研究対象を限定しやすいという実際的な理由による。つまり各宗教の信徒たちが、上述したような教義的理想と経済的ジレンマにどのように対処しているかという問題を、宗教組織の経営という問題を通して具体的に検討する。
 宗教組織の宗教実践とは、布教活動と表現できる。つまりあらゆる宗教組織は、何らかの宗教的・教義的な理想を実現・普及することを目指して活動している。しかし先述したとおり、現実の社会で布教活動をするためには、相応の財(経営資源)が必要である。一方で財の獲得・利用方法については様々な教義的な制約がある。こうした教義的理想と経済的現実のジレンマの中で、宗教組織はどのように経営資源を獲得・使用し、どのような布教活動を行っているか。つまりどのように経営されているか。本企画ではこの問題を、ブルキナファソのコーラン学校(清水発表)とミャンマーの上座仏教僧院(藏本発表)を事例として具体的に検討する。それによってコーラン学校/上座仏教僧院の実態を明らかすることを目的としている。
またこの問題を検討するにあたって、特に都市というコンテクストを重視する。本企画で扱う二つの宗教組織はともに、伝統的に村落社会を主要な経営基盤としてきた。しかし近年の急激な都市化は、宗教組織を取り巻く環境を大きく変化させつつある。こうした都市という環境の中で、コーラン学校/僧院はどのように経営されているのか。そこにはどのような問題があるのか。都市化は、現代社会においては不可避の趨勢である。したがってこの問題を検討することは、コーラン学校/僧院の布教活動、つまりムスリムや上座仏教徒(出家者)の宗教実践の未来を占う上でも重要な意義をもつだろう。
(文責:藏本龍介)

<都市>を生きる出家者たち
――上座仏教徒社会ミャンマー・ヤンゴンの僧院経営――

藏本龍介(東京大学大学院総合文化研究科博士課程)

 本発表の目的は、ミャンマーを事例として上座仏教僧院の経営という問題を検討することによって、現代社会における上座仏教僧の仏教実践のダイナミズムを浮き彫りにすることにある。
上座仏教僧院(以下、僧院)とは、「無執着」という上座仏教の理想を実現することを目的とする出家者の共住集団である。この目的を達成するために、出家者は上座仏教教義、特に出家者の規則である「律」(ヴィナヤ)によって、経済活動や生産活動が禁じられている。つまり僧院を経営するために必要な諸々の資源を自ら獲得することができない。したがって在家者からの布施に依拠するという経営スタイルをとっている。しかし布施というのは要するに与え手の善意に基づくものであるため、経営基盤としては不安定なものである。こうした原理的なジレンマを抱える僧院は、実際にどのように経営されているのか。
この問題は、上座仏教徒社会に関する人類学的な研究において、長らく明示的な問題となってこなかった。なぜならこれらの先行研究においては、出家者が国家レベル/村落レベルにおいて社会に不可欠な役割を果たすがゆえに、在家者(世俗権力/村人)からの布施を受けるという、出家者と在家者の互酬的な共生モデルが前提とされていたからである。つまり僧院が布施を受けるのは自明のこととされた(石井 1975; Gombrich 1971; Spiro 1970; Tambiah 1976など)。
しかし「近代化」と総称されるような社会変動は、こうした自明性を掘り崩している。王国から国民国家への移行、市場経済の進展に伴い、僧院を取り巻く環境も大きく変化した。それは一言でいえば、僧院の民営化・市場化である。僧院の経営基盤は、旧来の①パトロン型(国家)や②コミュニティ型(地縁共同体)から、③マーケット型(市場)へと急速に移行しつつある。僧院は、こうした市場的環境――本発表ではこれを<都市>と表現する――にどのように対応しているのか。
この問題についてはタイ都市部を事例として、「黄衣ビジネス」と揶揄されるような護符の商品化(Tambiah 1984; 林 2000)や、瞑想法の簡易化・組織化によって多くの信徒・資金を集めたタンマガーイ寺についての分析などがみられる(矢野 2006など)。ただしこれらは特殊事例の分析に留まっており、<都市>を生きる出家者たちの実態が明らかになっているとは言い難い。そこで本発表では、1990年代以降、急激な都市化を経験しているミャンマー最大都市ヤンゴンを事例にその具体的様相を検討する。
発表の前半では、都市僧院の布施調達活動の実態とその問題について、俯瞰的に整理する。発表の後半では、律の遵守を目指す原理主義的な二つの僧院に対象を絞り、そうした試みがどのように展開したかを紹介する。こうした検討を通して、教義的理想(律の規定)と経済的現実のジレンマがどのように表出し、それに対してどのような試行錯誤がなされ、そこにどのような問題があるのかを整理する。それによって出家者の仏教実践が多様化していく原理・メカニズムを描き出したい。

 『タリベとコーラン学校のモビリティ:ブルキナファソの事例から』

名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程
清水貴夫

ムスリム社会であるブルキナファソにおいては、都市化の流れに伴い、一般的に「ストリート・チルドレン」と呼ばれる少年たちの姿が目立つようになった。ブルキナファソ社会行動省の調べによれば、その44%が、コーラン学校の生徒タリベTaribéだという(Ministre de l'action sociale et de la solidarite national 
2002 Programme national d'action educative en milieu ouvert2003-2007)。本研究の発端は、コーランを学ぶ少年たちのはずのタリベがなぜストリートに繰り出すことになったのか、ということであり、コーラン学校が「ストリート・チルドレン」の発生にいかようにかかわるのかということへの疑問である。本発表では、この問題に対し特にコーラン学校の経営の変容を通して、なぜタリベが社会問題化されたのかを検討する。
 コーラン学校は、そもそも外来宗教であるイスラームがこの地域に浸透する過程で、この地域にとっては初めての体系的な教育システムとして各所に設置されてきた。いわゆる伝統的社会においてもこの制度は広く受け入れられてきた。伝統社会におけるコーラン学校は、畑を所有し、タリベとマラブー(導士)がともに働いて自給自足を行っていた。そして、タリベの親や地域の富裕者層からのタリーカ(喜捨)による金品の贈与、この二つの収入獲得手段によってコーラン学校が支えてきた。これが一つのコーラン学校のプロトタイプとして、この地域の人びとに認識されている。
しかし、このコーラン学校を取り巻く環境は大きく変容している。ひとつは近代的な教育システムの普及によって、コーラン学校の地位が相対的に低下したことによる。現在のブルキナファソにおいては、マドラサ、フランコ=アラブ、コーラン学校の3つの学校形態が存在し、CMBF、およびムスリム富豪による支援はマドラサとフランコ=アラブに集中している。より私的な組織でマラブーが個人で経営する、いわば寺小屋的なコーラン学校は、独自の収入源を求めなければならない。
もうひとつは村落部の変容である。CMBFなどから毎年決まった支援を受けたことのない村落部のコーラン学校では、地域社会がマラブーに使用させる土地での自給自足がコーラン学校の運営の基礎となる。これに喜捨が加わってコーラン学校が成立していた。しかし、村落部の人口圧力や不安定な農業生産、さらに貨幣経済の比重が重くなることにより、従来のコーラン学校のシステムにひずみが生じ、村落での持続的な運営は困難になっていく。
このためコーラン学校は、より資源獲得の可能性が高い都市へと移動を繰り返す。実際に、多くのコーラン学校が数年単位、時に数カ月単位で拠点を移しながら、最終的に大都市、ワガドゥグにたどり着くこととなる。都市に移動したとしても、コーラン学校は従来のシステムを踏襲できるわけではない。マラブーは、様々な運営努力をする中で、宗教的な要請から外れていると認識しつつも、タリベたちにストリートで「喜捨」を集めさせる。こうした、タリベの行為は、物乞いをする少年たち、つまり「ストリート・チルドレン」として見做されるようになる。
このようにブルキナファソにおける「ストリート・チルドレン」問題は、新たな経済的現実に「喜捨」を集めるという方法で対処しようとするコーラン学校の経営形態と密接に結びついている。本発表ではこの事象を、現代ムスリム社会における宗教と経済の相互関係を示す一事例として提示してみたい。


◆参照文献
ウェーバー、マックス 1989(1902~1903)『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(大塚久雄訳)岩波書店。
大塚和夫 2000 『近代・イスラームの人類学』東京大学出版会。
大塚和夫(編)2002 『現代アラブ・ムスリム世界』世界思想社。
カサノヴァ、ホセ 1997 『近代世界の公共宗教』(津城寛文訳)玉川大学出版部。 
ゲルナー、E. 1991(1981)『イスラム社会』(宮治美江子ほか訳)世界思想社。
ゴンブリッチ、リチャード & ガナナート・オベーセーカラ 2002(1988)『スリランカの仏教』(島岩訳)法藏館。
田辺繁治(編) 1995 『アジアにおける宗教の再生: 宗教的経験のポリティクス』京都大学学術出版会。
マルクス、カール 1956(1859)『経済学批判』(武田隆夫ほか訳)岩波書店。
Leach, Edmund R. (ed.) 1968 Dialectic in practical religion. Cambridge papers in social anthropology Vol.5. Cambridge: Cambridge University Press.
Redfield, Robert 1956 Peasant society and culture: an anthropological approach to civilization. Chicago: University of Chicago Press.
Tambiah, Stanley J. 1970 Buddhism and the spirit cults in Northeast Thailand. Cambridge: Cambridge University Press.

◆参考文献[藏本発表]
石井米雄 1975 『上座部仏教の政治社会学』創文社。
林行夫 2000 「現代タイ国における仏教の諸相:制度と実践の狭間で」『現代世界と宗教』総合研究開発機構・中牧弘允(編): 71-87 国際書院。
矢野秀武 2006 『現代タイにおける仏教運動:タンマガーイ式瞑想とタイ社会の変容』東信堂。
Gombrich, Richard F. 1971 Buddhist precept and practice: traditional Buddhism in the rural highlands of Ceylon.(2nd ed.1991)Delhi: Motilal Banarsidass Publishers.
Spiro, Melford E. 1970 Buddhism and society: a great tradition and its Burmese vicissitudes. New York: Harper & Row.
Tambiah, Stanley Jeyaraja 1976 World conqueror and world renouncer: a study of Buddhism and polity in Thailand against a historical background. Cambridge; New York: Cambridge University Press.
Tambiah, Stanley Jeyaraja 1984 The Buddhist saints of the forest and the cult of amulets: a study in Charisma, Hagiography, Sectarianism, and Millennial Buddhism. Cambridge: Cambridge University Press.

◆参考文献[清水発表]
Coquery-Vidrovitch, Catherine 1993 Histoire des villes d’Afrique noire: Des origins à la colonisation  Albin Michel
Enda tm jeunesse action  (出版年不明)Taribé au Burkina Faso, de l’étude à l’action
ゲルナー, アーネスト1981(1990)『イスラム社会』(宮治美江子・堀内正樹・田中哲也訳)紀伊国屋書店
飯森嘉助 1992「都市と教育」板垣雄三・後藤明(編)『事典 イスラームの都市』亜紀書房
陣内秀信・新井勇治(編)2002『イスラーム世界の都市空間』法政大学出版
LEVZION, Nehemia 1968 MUSLIMS AND CHIEFS IN WEST AFRICA : A STUDY OF ISLAM IN THE MIDDLE VOLTA BASIN IN THE PRE-COLONIAL PERIOD, OXFORD AT THE CLARENDON PRESS
Naba Jérémie WANGRE et Alkassoum MAIGA 2009 Enfants de rue en Afrique L’Harmattan
大塚和夫 1989『異文化としてのイスラーム』同文舘
坂井信三 1995「文書活動と宗教的イデオロギー―19世紀西スーダンのジャの事例から」杉本良夫(編)『宗教・民族・伝統 イデオロギー論的考察』南山大学
坂井信三 2003『イスラームと商業の歴史人類学 西アフリカの交易と知識のネットワーク』世界思想社
嶋田義仁 1994『異次元交換の人類学-人類学的思考とはなにか-』勁草書房
Skinner, Elliot 1964 The Mossi of The Upper Volta Stanford University Press
Skinner, Elliot 1966 Islam in Mossi Society “Islam in Tropical Africa” Indiana University Press
Skinner, Elliot 1974 African Urban Life, Transformation of Ouagadougou Prinston University Press
ZAMPO, Lassina 2007 L’école coranique migrante, une pratique éducative en questione : cas des écoles colaniques de la commune de Ouagadougou au Burkina Faso Mémoire de fin d’études présenté en vue de l’obtention du grande de licencié en politique économique et sociale, Université Catholique de Louvain