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2014年4月17日木曜日

第21回まるはち人類学研究会 社会人を辞めて/続けながら わたしはこういう理由で人類学の世界にやってきました-夢と野望と憧れと戸惑いと不安-


皆様

春陽の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。第21回まるはち人類学研究会の詳細が決まりました。皆様と会場でお会いできることを楽しみにしております。

「社会人を辞めて/続けながら わたしはこういう理由で人類学の世界にやってきました-夢と野望と憧れと戸惑いと不安―」
日時:2014年4月26日(土曜)14:00-17:15
場所:南山大学人類学研究所1階会議室 (研究管理責任者 後藤明)
(http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html)

プログラム
14:00-14:05 趣旨説明
14:05-14:30 発表① 加藤英明(南山大学大学院)
「営業から人類学の世界へ-書き方と見え方の違いによる苦慮-」

14:30-14:55 発表② 佐藤嘉晃(名古屋医専)
「「何とかする」精神の大学(院)生活」

14:55-15:10 休憩

15:10-15:35 発表③ 廣田緑(名古屋大学大学院) 
「DO  ART。THINK ART」

15:35-16:00 発表④ 日丸美彦(愛知県立大学大学院)
「マージナルマンの目覚め」
16:00-16:15 休憩

16:15-17:15 総合討論


企画趣旨

大学院重点化政策以降の大学院に入学する社会人学生の増加や近年の人類学が組織や医療、教育の現場などの現代社会を対象にしつつある傾向は、人類学が現代社会と関係をもたざるおえなくなっている状況にあるといえる。このような状況をふまえて、本企画は、社会で働くことを経験し大学院に入った社会人学生を発表者として、大学院の研究生活のなかで思うことを述べてもらい、社会と大学院の関係について、考えていく。
 人類学を学ぶ社会人学生は、働いていたときの経験をもち、その経験にもとづいた関心をもって大学院に進学する。しかし、そういった経験に根ざした関心は、ときには研究として成立しづらく、研究領域や所属を変更する必要に迫られることもある。本企画では、社会と人類学の世界を経験している大学院生4人を話し手として呼び、社会での経験と研究生活とのあいだで経験したずれや不満、戸惑いについて、ざっくばらんに話してもらう。このように、社会人出身者が大学院で直面する問題を拾うことで、かれらがもっている問題関心がなぜ人類学の世界でうまくいかないのか、またはうまくいくのかを議論し、社会人にとっての人類学のありかたを模索していきたいと考えている。

2013年4月12日金曜日

第16回まるはち人類学研究会 「人類学と働くこと、社会と大学院」

皆様

三日見ぬ間に葉桜という今日この頃ですが、ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。

第15回まるはち人類学研究会の詳細が以下のように決定しました。
春宵一刻千金、うららかな春の一日に皆様と会場でお目にかかれますこと、楽しみにしております。



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2013年4月27日(土)
第16回まるはち人類学研究会

「人類学と働くこと、社会と大学院」
場所:南山大学人類学研究所1F会議室(http://www.nanzan-u.ac.jp/JINRUIKEN/index.html)

プログラム
 13:00-13:10 趣旨説明 中尾世治(南山大学大学院)
第一部 「人類学と共に」 13:10-14:20
 13:15-13:55 発表① 中根弘貴(元南山大学大学院)
 13:55-14:00 質疑応答
 14:00-14:40 発表② 土屋直美(元南山大学大学院)
 14:40-14:45 質疑応答
 14:45-15:00 休憩

第二部 「人類学の中へ」
 15:00-15:40 発表③ 和田知明(名古屋大学大学院)
 15:40-15:45 質疑応答
 15:45-16:25 発表④ 奥村哲也(名古屋大学大学院)
 16:25-16:30 質疑応答
 16:30-16:45 休憩
 16:45-17:25 発表⑤ 加藤英明(南山大学大学院)
 17:25-17:30 質疑応答
 17:30-18:00 総合討論


「人類学と働くこと、社会と大学院」
 企画趣旨

今回の狙いは、働くことと人類学、社会と大学院とはどのような関係にあるかを考えることにある。
 本企画は、現在の大学院、あるいは人類学の三つの状況を意識している。  ひとつに、大学院に入学する学生の多くが、研究職ではなく、大学院修了後に一般企業や公務員に就職している。ふたつめには、「社会人」が、大学院に入学してい る。みっつめには、人類学が日本の現代社会も対象とするようになっている。このように、大学院、あるいは人類学は、今までもこれからも人類学徒を社会に送 り/受け入れ続け(つながり続け)てきており、またその社会をも対象としてきた。
 しかし、大学院修了後にどのように仕事をしてきているのか、仕事をしつつどのように人類学に遭遇し関係をつくってきているのか、について、ほとんど報告がなされていない(後者については宮舘2009「研究室フィールドワーク――社会人大学院生としての2年間」、『東北人類学論壇』8: 71-86)。したがって、本企画では、大学院で人類学を学んだ元院生、社会人から大学院に入学し、現在人類学を学んでいる現院生の双方の立場から、個人的な経験を述べてもらい、働くことと人類学、社会と大学院がどのような関係にあるかを明らかにしていきたい。
 第一部では、タイトルを「人類学と共に」として、大学院で人類学を学んだ元院生2名の報告が行われる。

中根は修士終了後、高校の非常勤講師の職に就いたが、並行して中根の祖父が経営している建設会社の手伝いをするようになった。そのなかで、今まで興味のな かった建設という業種に面白みを感じるようになったという。そこには修士のときに学んだ、多種多様な人々の生き方、そこで営まれる技法・技術に対して面白 さを見つける人類学の知的関心が根付いていると語る。

土屋は修士終了後、間伐材を加工する企業に就職した。そこで人類学でのフィールドワーク経験を買われ、企業の海外進出の仕事に携わるようになった。そのなか で、人類学者よりよほど実践的な知識をもつコーディネーターの存在や、海外からの開発援助のあり方に触れる。また、在日外国人である自身の夫との結婚生 活、夫の実家についてなど、土屋の人生のキャリアと人類学的興味は相伴って広がっていく。
 第二部では、タイトルを「人類学の中へ」として、社会人から大学院に入学し、現在人類学を学んでいる現院生3名の報告が行われる。

奥村は現在自治体で働きつつ、人類学を学んでいる。奥村が人類学を選んだ動機は、以前から興味を抱いていた沖縄という地に長くとどまる理由として、あるアソ シエーションに深く関わるために、フィールド調査という手法が適切であると考えたからだという。奥村は、働くことと人類学を学ぶことは区別して考えている が、定められた期限のなかで、自身が、そして現地の人たちが納得するような学問的成果を出さなければならないということにプレッシャーを感じている。

和田は、ワイン・ライターを経て、酒類の文化的側面について研究しようと大学院に入った。しかし人類学で評価される研究と、自身が面白いと思うことにはギャップが あることを体験する。現在は日本のワイナリーでのフィールドワークを行いながら、百貨店で贈答品として販売される酒類のビンの形や包装の差異などにも興味 を持ち始めている。
加藤は学部卒業後、機械メーカーの営業の職に就いた。そのなかで、一般的な営業と製造の営業とではイメージと実際の仕事に差異があることに気付く。加藤はそ のズレを記述することに意義を感じ、そのための方法として人類学を選んだ。しかし、飛び込んだ先の人類学では、社会人としての経験を研究に役立てるための 方法が確立されていなかった。では何故社会人募集をしているのか、そして社会人としての経験を人類学にどのように反映すればよいのかと加藤は問いかける。

今回の企画では、各人のベースとなる経験が多種多様であるため、学問的手法の検討や、研究会としてのまとまりについては乏しいかもしれない。しかし、この多 様性こそが人類学の面白さであり、学問としての命脈であるだろう。それぞれの生き方があるように、それぞれの人類学がある。そして、それぞれの人類学は研 究者としての人類学者に限定されない。このように人類学を敷衍して捉えたとき、各人の人生の多くの期間を占める、「働く」ということに人類学はどのように 関与し、埋め込まれているのだろうか。そして各人は今後どのように人類学と生きていくのかだろうか。ここから、社会・生活の中で人類学とは何かを考え、今 後の人類学のあり方を模索するためのささやかな一歩を踏み出したい。